『夜蜘蛛』(田中慎弥)_書評という名の読書感想文

『夜蜘蛛』田中 慎弥 文春文庫 2015年4月15日第一刷


夜蜘蛛 (文春文庫)

 

芥川賞の『共喰い』に続く作品です。相変わらず文章は綺麗で、読みやすい。テーマは重くて、決して〈今風〉ではないのですが、それもこの人らしくて悪くない。

しかし、どうも今一しっくりこないのです。『夜蜘蛛』というタイトルにもかなり無理があるように感じられるし、そもそも夜蜘蛛に関して語られる因縁話が小説のテーマとリンクしているとも思えない。

この小説の最も重要なテーマは、「父と息子」です。「父」を語るために、「息子」(本文ではA氏となっています)は長々とした手紙をある作家に送ります。

A氏は、かつて幼い日に何気なく言った自分のひと言が、その後の父親の人生に大きな負荷を与えたのではないかと思っています。ところがどうしても上手く納得できる答えが見つからずに、思い余って作家に手紙を託すという手段を取ります。

体裁としては「相談」という形を取っているのですが、実際には、この手紙はA氏の強い思いが一方的に綴られた、結論ありきの文章だと言わざるを得ません。

父親が昭和天皇崩御と時を同じくして「ある行動」に出ます。そして、息子であるA氏に一通の手紙を残します。手紙には、その行動のきっかけになったのが幼い日のA氏の何気ないひと言だと書いてあったのです。

A氏は、激しく動揺します。動揺しながらも、父親から聞いた戦場での話を思い返し、自分が時に感じたこと、自分が放った言葉の意味を改めて考えてみます。そして、自分のひと言が、する必要のない決断を父親にさせてしまったと結論するわけです。
・・・・・・・・・・
しかし、手紙を読んだ作家はそうは考えません。「あとがき」に相当する文章で、むしろ言葉に囚われているのはA氏の方で、父親は当時の天皇観、国家観に従ったまでのことではないかという感想を提示します。

作家はA氏の言い分を全面的に信じているわけではなく、夜蜘蛛の喩についても「やや理解しづらい」と書いています。

なら、なぜ長々と父親の戦争体験が語られているのか、思わせぶりなA氏の手紙を最後まで読ませる理由がどこにあるのか、・・・それが分からないのです。

もしかすると作家(おそらく田中慎弥自身だと思います)が伝えたいことはもっと別のところにあって、父親の「不名誉な」戦争体験、それを自分なりに解釈するA氏、そして年老いた父親の「介護」の話を含めて、全てが別の何かを言うために準備された「材料」なのかも知れない。

そう考えてはみても、その「材料」が何を語るためのものなのか、それが私にはピンとこないのです。

(追伸)
「介護」の話がかなり克明に語られるのですが、これは非常に身につまされるもので、正直に言うと、私はこの部分が一番読み応えがありました。私自身が経験した親の介護の記憶とダブって、胸に迫るものがあります。

 

この本を読んでみてください係数 75/100


夜蜘蛛 (文春文庫)

◆田中 慎弥

1972年山口県下関市生まれ。
山口県立下関中央工業高等学校卒業。大学受験に失敗、以後一切の職業を経験せずに過ごす。

作品 「切れた鎖」「神様のいない日本シリーズ」「犬と鴉」「共喰い」「図書準備室」「燃える家」など

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