『夜蜘蛛』(田中慎弥)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2022/10/19 『夜蜘蛛』(田中慎弥), 作家別(た行), 書評(や行), 田中慎弥

『夜蜘蛛』田中 慎弥 文春文庫 2015年4月15日第一刷


夜蜘蛛 (文春文庫)

芥川賞を受賞した『共喰い』に続く作品。相変わらず文章は綺麗で、読みやすい。テーマは重くて、決して〈今風〉ではないのですが、それもこの人らしくて悪くない。

しかし、どうもイマイチしっくりきません。『夜蜘蛛』というタイトルもかなり無理があるように感じられるし、そもそも夜蜘蛛に関して語られる因縁話が小説のテーマとリンクしているとも思えません。

この小説の最も重要なテーマは、「父と息子」です。「父」を語るために、「息子」(本文ではA氏となっています)は長々とした手紙をある作家に送ります。

A氏は、かつて幼い日に何気なく言った自分のひと言が、その後の父親の人生に大きな負荷を与えたのではないかと思っています。ところが上手く納得できる答えが見つけられずに、思い余って作家に手紙を託すという手段を取ります。

体裁としては「相談」という形を取っているのですが、実際には、この手紙はA氏の強い思いが一方的に綴られた、結論ありきの文章だと言わざるを得ません。

父親が昭和天皇崩御と時を同じくして「ある行動」に出ます。そして、息子であるA氏に一通の手紙を残すのですが、その手紙には 「ある行動」 のきっかけになったのが幼い日のA氏の何気ないひと言だと書いてありました。

A氏は、激しく動揺します。動揺しながらも、父親から聞いた戦場での話を思い返し、自分が時に感じたこと、自分が放った言葉の意味を改めて考えてみます。そして、自分のひと言が、する必要のない決断を父親にさせてしまったと結論するのでした。

しかし、手紙を読んだ作家はそうは考えません。「あとがき」に相当する文章で、むしろ言葉に囚われているのはA氏の方で、父親は当時の天皇観、国家観に従ったまでのことではないかという感想を提示します。

作家はA氏の言い分を全面的に信じているわけではなく、夜蜘蛛の喩についても「やや理解しづらい」と述べています。

なら、なぜ長々と父親の戦争体験が語られているのか。思わせぶりなA氏の手紙を最後まで読ませる理由がどこにあるのか。それがわかりません。

もしかすると作家(おそらく田中慎弥自身だと思います)が伝えたいことはもっと別のところにあって、父親の「不名誉な」戦争体験、それを自分なりに解釈するA氏、そして年老いた父親の「介護」の話を含めて、全てが別の何かを言うために準備された「材料」なのかも知れません。但し、

そう考えてはみても、その「材料」が何を語るためのものなのか、それがピンときません。

(追伸)
「介護」の話がかなり克明に語られるのですが、これは非常に身につまされるもので、正直に言うと、私はこの部分が一番読み応えがありました。私自身が経験した親の介護の記憶とダブって、胸に迫るものがあります。

この本を読んでみてください係数 75/100


夜蜘蛛 (文春文庫)

◆田中 慎弥

1972年山口県下関市生まれ。
山口県立下関中央工業高等学校卒業。大学受験に失敗、以後一切の職業を経験せずに過ごす。

作品 「切れた鎖」「神様のいない日本シリーズ」「犬と鴉」「共喰い」「図書準備室」「燃える家」など

◇ブログランキング

いつも応援クリックありがとうございます。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』(滝口悠生)_書評という名の読書感想文

『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』滝口 悠生 新潮文庫 2018年4月1日発行 ジミ・ヘ

記事を読む

『桜の首飾り』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『桜の首飾り』千早 茜 実業之日本社文庫 2015年2月15日初版 桜の首飾り (実業之日本社

記事を読む

『日曜日の人々/サンデー・ピープル』(高橋弘希)_書評という名の読書感想文

『日曜日の人々/サンデー・ピープル』高橋 弘希 講談社文庫 2019年10月16日第1刷 日

記事を読む

『夜よ鼠たちのために』(連城三紀彦)_書評という名の読書感想文

『夜よ鼠たちのために』(復刻名作1位)連城 三紀彦 宝島社 2014年9月18日第一刷 夜よ鼠

記事を読む

『宰相A』(田中慎弥)_書評という名の読書感想文

『宰相A』田中 慎弥 新潮文庫 2017年12月1日発行 宰相A (新潮文庫) 揃いの国民服

記事を読む

『崩れる脳を抱きしめて』(知念実希人)_書評という名の読書感想文

『崩れる脳を抱きしめて』知念 実希人 実業之日本社文庫 2020年10月15日初版 崩れる脳

記事を読む

『山中静夫氏の尊厳死』(南木佳士)_書評という名の読書感想文

『山中静夫氏の尊厳死』南木 佳士 文春文庫 2019年7月15日第2刷 山中静夫氏の尊厳死

記事を読む

『実験』(田中慎弥)_書評という名の読書感想文

『実験』田中 慎弥 新潮文庫 2013年2月1日発行 実験 (新潮文庫)  

記事を読む

『とにかくうちに帰ります』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『とにかくうちに帰ります』津村 記久子 新潮社 2012年2月25日発行 とにかくうちに帰りま

記事を読む

『やわらかな足で人魚は』(香月夕花)_書評という名の読書感想文

『やわらかな足で人魚は』香月 夕花 文春文庫 2021年3月10日第1刷 やわらかな足で人魚

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『あなたの本/Your Story 新装版』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『あなたの本/Your Story 新装版』誉田 哲也 中公文庫 2

『プリズム』(貫井徳郎)_書評という名の読書感想文

『プリズム』貫井 徳郎 実業之日本社文庫 2022年8月9日初版第2

『自転しながら公転する』(山本文緒)_書評という名の読書感想文

『自転しながら公転する』山本 文緒 新潮文庫 2022年11月1日発

『呪い人形』(望月諒子)_書評という名の読書感想文

『呪い人形』望月 諒子 集英社文庫 2022年12月25日第1刷

『騒がしい楽園』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『騒がしい楽園』中山 七里 朝日文庫 2022年12月30日第1刷発

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑