『夜蜘蛛』(田中慎弥)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/14 『夜蜘蛛』(田中慎弥), 作家別(た行), 書評(や行), 田中慎弥

『夜蜘蛛』田中 慎弥 文春文庫 2015年4月15日第一刷

川賞を受賞した『共喰い』に続く作品。相変わらず文章は綺麗で、読みやすい。テーマは重くて、決して〈今風〉ではないのですが、それもこの人らしくて悪くない。

しかし、どうもイマイチしっくりきません。『夜蜘蛛』というタイトルもかなり無理があるように感じられるし、そもそも夜蜘蛛に関して語られる因縁話が小説のテーマとリンクしているとも思えません。

この小説の最も重要なテーマは、「父と息子」です。「父」を語るために、「息子」(本文ではA氏となっています)は長々とした手紙をある作家に送ります。

A氏は、かつて幼い日に何気なく言った自分のひと言が、その後の父親の人生に大きな負荷を与えたのではないかと思っています。ところが上手く納得できる答えが見つけられずに、思い余って作家に手紙を託すという手段を取ります。

体裁としては「相談」という形を取っているのですが、実際には、この手紙はA氏の強い思いが一方的に綴られた、結論ありきの文章だと言わざるを得ません。

父親が昭和天皇崩御と時を同じくして「ある行動」に出ます。そして、息子であるA氏に一通の手紙を残すのですが、その手紙には 「ある行動」 のきっかけになったのが幼い日のA氏の何気ないひと言だと書いてありました。

A氏は、激しく動揺します。動揺しながらも、父親から聞いた戦場での話を思い返し、自分が時に感じたこと、自分が放った言葉の意味を改めて考えてみます。そして、自分のひと言が、する必要のない決断を父親にさせてしまったと結論するのでした。

しかし、手紙を読んだ作家はそうは考えません。「あとがき」に相当する文章で、むしろ言葉に囚われているのはA氏の方で、父親は当時の天皇観、国家観に従ったまでのことではないかという感想を提示します。

作家はA氏の言い分を全面的に信じているわけではなく、夜蜘蛛の喩についても「やや理解しづらい」と述べています。

なら、なぜ長々と父親の戦争体験が語られているのか。思わせぶりなA氏の手紙を最後まで読ませる理由がどこにあるのか。それがわかりません。

もしかすると作家(おそらく田中慎弥自身だと思います)が伝えたいことはもっと別のところにあって、父親の「不名誉な」戦争体験、それを自分なりに解釈するA氏、そして年老いた父親の「介護」の話を含めて、全てが別の何かを言うために準備された「材料」なのかも知れません。但し、

そう考えてはみても、その「材料」が何を語るためのものなのか、それがピンときません。

(追伸)
「介護」の話がかなり克明に語られるのですが、これは非常に身につまされるもので、正直に言うと、私はこの部分が一番読み応えがありました。私自身が経験した親の介護の記憶とダブって、胸に迫るものがあります。

この本を読んでみてください係数 75/100


◆田中 慎弥

1972年山口県下関市生まれ。
山口県立下関中央工業高等学校卒業。大学受験に失敗、以後一切の職業を経験せずに過ごす。

作品 「切れた鎖」「神様のいない日本シリーズ」「犬と鴉」「共喰い」「図書準備室」「燃える家」など

◇ブログランキング

いつも応援クリックありがとうございます。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『安岡章太郎 戦争小説集成』(安岡章太郎)_書評という名の読書感想文

『安岡章太郎 戦争小説集成』安岡 章太郎 中公文庫 2018年6月25日初版 満州北部の孫呉に応召

記事を読む

『劇団42歳♂』(田中兆子)_書評という名の読書感想文

『劇団42歳♂』田中 兆子 双葉社 2017年7月23日第一刷 大学で劇団を組んでい

記事を読む

『鍵のない夢を見る』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『鍵のない夢を見る』辻村 深月 文春文庫 2015年7月10日第一刷 誰もが顔見知りの小さな町

記事を読む

『レディ・ジョーカー』(高村薫)_書評という名の読書感想文

『レディ・ジョーカー』(上・下)高村 薫 毎日新聞社 1997年12月5日発行 言わずと知れた、

記事を読む

『破局』(遠野遥)_書評という名の読書感想文

『破局』遠野 遥 河出書房新社 2020年7月30日初版 第163回芥川賞受賞作

記事を読む

『夕映え天使』(浅田次郎)_書評という名の読書感想文

『夕映え天使』浅田 次郎 新潮文庫 2021年12月25日20刷 泣かせの浅田次郎

記事を読む

『八番筋カウンシル』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『八番筋カウンシル』津村 記久子 朝日文庫 2014年4月30日第一刷 小説の新人賞受賞を機に会社

記事を読む

『死んでいない者』(滝口悠生)_書評という名の読書感想文

『死んでいない者』滝口 悠生 文芸春秋 2016年1月30日初版 秋のある日、大往生をとげた男

記事を読む

『夜はおしまい』(島本理生)_書評という名の読書感想文

『夜はおしまい』島本 理生 講談社文庫 2022年3月15日第1刷 誰か、私を遠く

記事を読む

『余命二億円』(周防柳)_書評という名の読書感想文

『余命二億円』周防 柳 角川文庫 2019年3月25日初版 工務店を営んでいた父親

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『パッキパキ北京』(綿矢りさ)_書評という名の読書感想文

『パッキパキ北京』綿矢 りさ 集英社 2023年12月10日 第1刷

『山亭ミアキス』(古内一絵)_書評という名の読書感想文

『山亭ミアキス』古内 一絵 角川文庫 2024年1月25日 初版発行

『旅する練習』(乗代雄介)_書評という名の読書感想文

『旅する練習』乗代 雄介 講談社文庫 2024年1月16日 第1刷発

『あなたの燃える左手で』(朝比奈秋)_書評という名の読書感想文

『あなたの燃える左手で』朝比奈 秋 河出書房新社 2023年12月1

『漂砂のうたう』(木内昇)_書評という名の読書感想文

『漂砂のうたう』木内 昇 集英社文庫 2015年6月6日 第2刷

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑