『ピンザの島』(ドリアン助川)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/13
『ピンザの島』(ドリアン助川), ドリアン助川, 作家別(た行), 書評(は行)
『ピンザの島』ドリアン 助川 ポプラ文庫 2016年6月5日第一刷
アルバイトで南の島を訪れた涼介は、「ピンザ」と呼ばれるヤギの乳でチーズをつくる夢を追い始める。だが、その挑戦は島のタブーにふれ、男衆の怒りを買ってしまう - 。敗北感にまみれたひとりの青年が、悪戦苦闘の果てに生存への突破口を見いだしていく、感動の力作長編。(ポプラ文庫より)
ふざけたペンネームの割には意外に(!?)ピュアな小説を書く人で、「僕は、読んでくれた人に何か救いになるテーマを見つけられないと、小説は書けないんです」などというコメントを読むと、なるほどこんな人がこんな話を書くのかと・・・・。
ドリアン助川という人は今のところ私にとってはそんな感じの人で、正直言ってそれ以上のことはよく知りません。たまたま読んだ『あん』がとても良かったので、これは何としても次を読まねばと思いこの本を買いました。
『あん』という小説を初めて読んだとき、私は泣くことも叶わず、それより先に胸を衝かれて只々怯んでばかりいたように思います。
とうの昔に完治しているハンセン病の元患者らに対する未だ変わらぬ偏見の理不尽さに唖然となり、残酷としか言いようのない、隠されたまま決して詳らかにはならない彼らの真実をどんなふうに受けとめたらいいのかが分からず、途方に暮れてばかりいました。
どら焼専門店「どら春」の雇われ店主・千太郎が拳を固くして慟哭する様子がたまらなく映り、どうすることもできない、しかし何かを発せずにはおけない彼の心情が分かり過ぎるくらいに分かってどうしようもありませんでした。
主人公の徳江は、多くを語ろうとしません。反り返ったまま元には戻らない指で黙々と「あん」を作る様子に、歳ほどに思われないきびきびとした姿に、彼女が生きた七十有余年のただ一度きりの晴れ舞台を見ているようでたまらなくなったのをよく覚えています。
・・・・・・・・・・
ピンザとは沖縄・宮古島の方言で、ヤギのことを言います。この小説は、自殺衝動を抱える青年(涼介)が、南の島(安布里列島に点在する島のひとつである安布里島。但し、物語上の架空の島です)で幻のチーズ作りに挑むという物語です。
著者曰く、「出生からトラウマを抱えた青年が自分の運命と闘ってゆく、というシンプルな設定」で、涼介が本土からはるか南にある孤島でヤギの乳を使って幻のチーズを作ろうとするには、過去に遡ってそれなりの訳があります。
彼の生い立ちや昔に味わった苦々しい出来事。それに関わる人や - 島にはかつて涼介の父と一緒にいて志しを同じくした、父の親友だったハシさんと呼ばれる男性がいます - 既に島にいる人々との交流や諍い。船で知り合い仲間となった若者らについて等々。
概ね、若い読者には受けが良いようです。激しく同感したというような感想もあります。一にも二にも涼介のストイックな様子と世を儚んでいるが故の真っ直ぐさが共感を呼び、感動を与えもするのでしょう。その感じは分からぬではないのですが・・・・、
ちょっばかり「あざとさ」が鼻に付くのは、私が歳を取っているからなのでしょうか。少なくとも『あん』ほどの出来には思えません。『あん』のときのような切実さが伝わってこないのです。伝えたいことは分かるのですが、たぶん話ができ過ぎていて、どこかしら上滑りしているように感じます。
これは、きっと私がオヤジだからだと思います。真正面から来られると、ちょっと気恥ずかしくなって及び腰になる。そんなことであるかも知れません。私のなかでは平均点ですが、これから読もうという(特に若い)みなさんは、全部忘れて読んでみてください。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆ドリアン助川
1962年東京都生まれの神戸育ち。
早稲田大学第一文学部東洋哲学科卒業。
作品 明川哲也の筆名で「メキシコ人はなぜハゲないし、死なないのか」「花鯛」など
ドリアン助川で「バカボンのパパと読む「老子」」「あん」「多摩川物語」他多数
関連記事
-
『水たまりで息をする』(高瀬隼子)_書評という名の読書感想文
『水たまりで息をする』高瀬 隼子 集英社文庫 2024年5月30日 第1刷 いまもっとも注目
-
『ひざまずいて足をお舐め』(山田詠美)_書評という名の読書感想文
『ひざまずいて足をお舐め』山田 詠美 新潮文庫 1991年11月25日発行 SMクラブの女王様が、
-
『初めて彼を買った日』(石田衣良)_書評という名の読書感想文
『初めて彼を買った日』石田 衣良 講談社文庫 2021年1月15日第1刷 もうすぐ
-
『夫婦一年生』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文
『夫婦一年生』朝倉 かすみ 小学館文庫 2019年7月21日第2刷発行 新婚なった夫
-
『藤色の記憶』(あさのあつこ)_書評という名の読書感想文
『藤色の記憶』あさの あつこ 角川文庫 2020年12月25日初版 ※本書は、201
-
『母と死体を埋めに行く』(大石圭)_書評という名の読書感想文
『母と死体を埋めに行く』大石 圭 角川ホラー文庫 2021年10月25日初版 美し
-
『孤独論/逃げよ、生きよ』(田中慎弥)_書評という名の読書感想文
『孤独論/逃げよ、生きよ』田中 慎弥 徳間書店 2017年2月28日初版 作家デビューまで貫き通し
-
『さんかく』(千早茜)_なにが “未満” なものか!?
『さんかく』千早 茜 祥伝社 2019年11月10日初版 「おいしいね」 を分けあ
-
『雪の鉄樹』(遠田潤子)_書評という名の読書感想文
『雪の鉄樹』遠田 潤子 光文社文庫 2016年4月20日初版 母は失踪。女の出入りが激しい「たらし
-
『草祭』(恒川光太郎)_書評という名の読書感想文
『草祭』恒川 光太郎 新潮文庫 2011年5月1日 発行 たとえば、苔むして古びた