『ヒポクラテスの悔恨』(中山七里)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/05 『ヒポクラテスの悔恨』(中山七里), 中山七里, 作家別(な行), 書評(は行)

『ヒポクラテスの悔恨』中山 七里 祥伝社文庫 2023年6月20日初版第1刷発行

死体は雄弁に語る - 法医学ミステリー第4弾
解剖されない9割の遺体に、隠れた犯罪が潜む!? 真相とともに浮かび上がる、光崎教授の “悔恨” とは?

一人だけ殺す。絶対に自然死にしか見えないかたちで」 浦和医大法医学教室の光崎藤次郎教授への脅迫文がネットに書き込まれた。日本の解剖率の低さを訴えるテレビ番組での、問題の九割はカネで解決できるという彼の発言が発端だった。挑発などなかったかのように、いつもの冷静さで解剖する光崎。一方、助教の真琴は光崎の過去に手がかりを求めると、ある因縁が浮上し・・・・・・・。(祥伝社文庫)

「今朝、帝都テレビの公式ホームページに妙な書き込みがあった」
「どうせ碌でもない中傷か脅しなんでしょう」
「脅しというよりは犯行予告だよ。内容が内容だけに、番組のプロデューサーが県警に届け出た」
古手川の口調から内容が軽視できない雰囲気が漂う。
「問題の書き込みは即刻削除されたけど、記録は取ってある。これだ」
差し出した紙片はスクリーン・ショットを拡大コピーしたものだった。

親愛なる光崎教授。インタビューではずいぶん尊大なことを言っておられたが、ではあなたの死体の声を聞く耳とやらを試させてもらおう。これからわたしは一人だけ人を殺す。絶対に自然死にしか見えないかたちで。だが死体は殺されたと訴えるだろう。その声を聞けるものなら聞いてみるがいい

一読して書き手の異様さが伝わる。揶揄でもなければ抗議でもない。司法関係者でなくても明確に犯行予告と読み取れる。こんな文章をテレビ局の公式ホームページに書き込むのはよほどのお調子者か、さもなければ本物だろう。

そっと古手川の顔色を窺う。口調と同様に表情も険しくなっている。
「渡瀬さんの差し金ということは捜査一課は本気なんですか」
「班長はババ抜きだと言っていた」

「ババ抜き。どう言う意味ですか」
「裏を向けられた何枚かのカード。引いてみなきゃ絵柄は分らない。ジョーカーを引き当てるまで、何枚もカードを引き続けなきゃいけない。ところがカードを一枚引く度に二十五万円を支払わされる。そのカネ、いったい誰が払う? 」

忌々しい既視感を覚える。全ての異状死体を司法解剖に回せるような予算は県警にも大学にもない。
「悩ましいのは、書き込みの主が一人だけ殺すと断言していることだ。宣言通り一人だけだというのなら分母が大きい分だけ特定が難しくなる。逆に一人だけというのが引っ掛けだったとしたら、犯人に掻き回される羽目になりかねない」

「つまり光崎教授の発言を利用する可能性があるというんですね」
「穿った見方かもしれないけれど、悪賢いヤツなら当然思いつくアイデアなんだと。そういう二段構えの可能性をちらつかせるというのは、単なる愉快犯や悪ふざけの範囲を超えている。班長が俺をここへ寄越したのはそういう事情だよ」

異状死体をカードに擬えたゲーム。悪趣味極まりないが、しかし渡瀬の比喩は的を射ている。何者かを殺害すべく計画しているのなら、これ以上警察側を攪乱できる妙手はなかなか思いつかない。(本文P27 ~ 29)

埼玉県警捜査一課の古手川和也が浦和医大の法医学教室を訪ねてきたのは、件の番組が放送された翌日のことでした。

そのまた翌日の夕方、古手川から法医学教室の固定電話に向けて一本の電話が入ります。架かってきたのが真琴の携帯電話ではなかったことで、十中八九、それが “検案要請” であるとわかります。すると古手川は、熊谷市で老人が一人死んだと。電話を受けた真琴には否応もありません。

【参考】中山七里の法医学シリーズ一覧 
1 ヒポクラテスの誓い
2 ヒポクラテスの憂鬱
3 ヒポクラテスの試練
4 ヒポクラテスの悔恨 (本書)

◆この本を読んでみてください係数 80/100

◆中山 七里
1961年岐阜県生まれ。
花園大学文学部国文科卒業。

作品 「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「さよならドビュッシー」「闘う君の唄を」「嗤う淑女」「魔女は甦る」「連続殺人鬼カエル男」「護られなかった者たちへ」他多数

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