『正欲』(朝井リョウ)_書評という名の読書感想文

『正欲』朝井 リョウ 新潮文庫 2023年6月1日発行

第34回柴田錬三郎賞受賞! 2022年本屋大賞ノミネート! 「ダ・ヴィンチ編集部が選ぶプラチナ本 OF THE YEAR 2021年選出!

この世界で生きていくために、手を組みませんか。」 これは共感を呼ぶ傑作か? 目を背けたくなる問題作か? 朝井リョウが放つ、最高傑作。

自分が想像できる “多様性” だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよな - 。息子が不登校になった検事・啓喜。初めての恋にきづく女子大生・八重子。ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。ある事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり始める。だがその繋がりは、”多様性を尊重する時代” にとって、ひどく不都合なものだった。読む前の自分には戻れない、気迫の長編小説。(新潮文庫)

「軽い重い」 で言えば、とても重い。重すぎて、しんどすぎて、逃げ出したくなってしまう。なかったことにして、できれば 「読む前の自分に戻りたい」 と思うかもしれません。

解説 正欲を引き受ける - 朝井リョウは意地悪だ  東畑開人/臨床心理士

『正欲』 の解説を引き受けて、ほとほと後悔していた。一読して、すぐにわかった。この物語は手に余る。
「正しい性」 がテーマだ。いかなる性に属す 「べき」 で、何に性欲を覚え、それをいかにして満たす 「べき」 か。社会は 「正しい性」 のあり方を勝手に取り決めて、「正しくない」 とされる人たちを排除してきた。法律や制度、人々が交わす何気ない世間話、そして私が専門としている心理学にだって、この暴力が深く浸みこんでいて、多くの人を傷つけてきた。
だから、この小説は 「正しい性」 を告発する。ただし、徹底的に告発する。つまり、「正しい性」 を告発することの 「正しさ」 まで告発する。新たな 「正しさ」 が新たな 「正しくなさ」 を作り出す構造を明るみに出すのだ。

性欲と正欲は仲の悪い双子である。性欲が芽生えると同時に正欲は生じる。精神分析家フロイトはそう考えた。
フロイトにとって、性欲は桐生夏月たちが愛した水みたいなものだ。「リビドー」 と呼ばれるこの生物学的な本能は、蛇口から無秩序に噴射し、変幻自在に形を変える。性欲にはどこにだって向かっていけるような根源的自由がある。

これは危険だ、と社会は思う。無秩序な性欲は制御されねばならない。だから、社会は人々に命令する。
「これが正しい性であり、そのセックスはおかしい」
動物としての本能を型にはめて、勝手に取り決めた 「人間」 の形に押し込めようとするのである。いや、実際には社会の声はもっとエグい。

「なんよそれ。意味わからん。まじウケる。でもキチガイは迷惑じゃなあ」
夏月のかつてのクラスメート西山修の言葉だ。彼らは自分が正しく生きていることを疑わないし、社会は正しくあるべきだと固く信じている。他者の正しさには見向きもしない。

これが正欲だ。(以下略)

※マーライオンのように人が嘔吐する様子に興奮する嘔吐フェチ、対象が何物かに丸呑みされる様子に興奮する丸呑みフェチ、時間停止・石化・凍結などにより人体が変化していく様子に興奮する状態異常/形状変化フェチ、風船そのものや風船を膨らましている人などに興奮する風船フェチ、ミイラのように拘束する・されることを好むマミフィケーションフェチ窒息フェチ腹部殴打フェチ流血フェチ真空パックフェチ・・・・・・・

中で、様々に形を変える水、勢いよく噴射され飛び散る水、固体から液体に変わりゆく水、沸騰し暴れる水、光を吸い込み闇に呑まれ、場面によってはどんな音も奏でることができるそれ。誰にも真実を摑ませないよう自由自在に形を変えるその姿は、大也にとって、他の何にも代替されない煽情的な存在でした。彼のその 「欲動」 は、誰に理解されるのでしょう。誰と共有すれば、事足りるのでしょう。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆朝井 リョウ
1989年岐阜県不破郡垂井町生まれ。
早稲田大学文化構想学部卒業。

作品 「桐島、部活やめるってよ」「もういちど生まれる」「何者」「世界地図の下書き」「世にも奇妙な君物語」「スター」他多数

関連記事

『幻の翼』(逢坂剛)_書評という名の読書感想文

『幻の翼』逢坂 剛 集英社 1988年5月25日第一刷 幻の翼 (百舌シリーズ) (集英社文庫

記事を読む

『星に願いを、そして手を。』(青羽悠)_書評という名の読書感想文

『星に願いを、そして手を。』青羽 悠 集英社文庫 2019年2月25日第一刷 星に願いを、そ

記事を読む

『新宿鮫』(大沢在昌)_書評という名の読書感想文(その1)

『新宿鮫』(その1)大沢 在昌 光文社(カッパ・ノベルス) 1990年9月25日初版 新宿鮫

記事を読む

『鼻に挟み撃ち』(いとうせいこう)_書評という名の読書感想文

『鼻に挟み撃ち』いとう せいこう 集英社文庫 2017年11月25日第一刷 鼻に挟み撃ち (集

記事を読む

『ソウル・ミュージック ラバーズ・オンリー』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『ソウル・ミュージック ラバーズ・オンリー』山田 詠美 幻冬舎文庫 1997年6月25日初版 ソウ

記事を読む

『とんこつQ&A』(今村夏子)_書評という名の読書感想文

『とんこつQ&A』今村 夏子 講談社 2022年7月19日第1刷 真っ直ぐだから怖い

記事を読む

『阿蘭陀西鶴』(朝井まかて)_書評という名の読書感想文

『阿蘭陀西鶴』朝井 まかて 講談社文庫 2016年11月15日第一刷 阿蘭陀西鶴 (講談社文庫

記事を読む

『モルヒネ』(安達千夏)_書評という名の読書感想文

『モルヒネ』安達 千夏 祥伝社文庫 2006年7月30日第一刷 モルヒネ (祥伝社文庫)

記事を読む

『田村はまだか』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『田村はまだか』朝倉 かすみ 光文社 2008年2月25日第一刷 田村はまだか (光文社文庫)

記事を読む

『ザ・ロイヤルファミリー』(早見和真)_書評という名の読書感想文

『ザ・ロイヤルファミリー』早見 和真 新潮文庫 2022年12月1日発行 読めば読

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『沙林 偽りの王国 (上下) 』 (帚木蓬生)_書評という名の読書感想文

『沙林 偽りの王国 (上下) 』 帚木 蓬生 新潮文庫 2023年9

『雨の中の涙のように』(遠田潤子)_書評という名の読書感想文

『雨の中の涙のように』遠田 潤子 光文社文庫 2023年8月20日初

『世界でいちばん透きとおった物語』(杉井光)_書評という名の読書感想文

『世界でいちばん透きとおった物語』杉井 光 新潮文庫 2023年7月

『ラスプーチンの庭/刑事犬養隼人』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『ラスプーチンの庭/刑事犬養隼人』中山 七里 角川文庫 2023年8

『叩く』(高橋弘希)_書評という名の読書感想文

『叩く』高橋 弘希 新潮社 2023年6月30日発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑