『僕が殺した人と僕を殺した人』(東山彰良)_書評という名の読書感想文

『僕が殺した人と僕を殺した人』東山 彰良 文藝春秋 2017年5月10日第一刷

第69回 読売文学賞、第34回 織田作之助賞、第3回 渡辺淳一文学賞、受賞作品

本作には、少年たちの圧倒的な体温が満ちている。彼らは、単なる巧みさを超越した深みにまで、読み手を引きずり込んでゆく。とにかく、厳しい家庭環境の中、親しみ合い、時に反発し合いながら日々を送る、台湾での少年たちの描写が素晴らしい。(小川洋子)

物語の冒頭はこうです。

11歳のデューイ・コナーズがサックマンと出会ったのは、ウエスト7マイル・ロード沿いにあるシンマン・ピザの駐車場だった。2015年11月7日のことである。

- ひび割れた駐車場で男がなにやら組み立てていた。竹竿を器用に組みあわせ、見る間に大人の背丈ほどもある枠組みに仕上げていく。そこに緑色のサテン布が掛けられたとき、なにかの架台だとわかった。カーニヴァルに出る射的や輪投げの景品台に似ていた。サテン布には射幸心をくすぐるような赤い東洋文字が刺繍されていた。男が架台の上に小さな家をしつらえると、それが布の色と相まって、まるで緑の丘に建つ一軒家のように見えた。

男は、わたしは人形師なんだと言い、台湾から来たのだと言います。これは台湾の伝統的な人形劇で、布袋劇(ポウテヒ)といい、これから人形劇をやるんだと言います。

男が人形をすこし動かしてみせると、デューイの目は輝き、頬が上気します。少年は即座に、木彫りの人形がなにか大事なものを失って嘆き悲しんでいるのだとわかります。

11歳の少年の目には、人形と人形師の見分けがだんだんとつかなくなってゆきます。彼が思うに、これこそがあるべき世界の姿なんだと。人形と人形師は、いつの日か自分のもとに訪れるはずの魔法使いだったのだと。

デューイは、男に人形劇を手伝うことを申し出ます。まずはおばあちゃんにピザを届けなければと、少しの間待っていてと男に告げるなり、慌てるように駆け出して行きます。その後ろ姿をまぶしそうに見送る人形師の男 -

その男こそが 稀代の殺人鬼・サックマン で、彼はこの時点ですでに7人、それも少年ばかりを手にかけています。

デトロイトのまえはインディアナポリス、そのまえはアーカンソー州リトルロックで。哀れな少年たちを殺害したあと、いつも粗布の袋に入れていたことから、連邦警察に袋男(サックマン)という渾名をつけられています。

このあとデューイ少年は、すんでのところで難を逃れることになります。サックマンにより連れ去られようとしていたところを、ピザ屋の主人シドニー・ロマーノとたまたま勤務明けでビールを飲みに来ていたアレックス・セイヤー巡査部長の機転によるものでした。

サックマンは逃走しようとウエスト7マイル・ロードに飛び出したところを、出合い頭に車に撥ねられ、右の大腿骨を骨折し、あえなく逮捕されることとなります。

さて、- そして章の終わりがけ。

- わたしはここで九死に一生を得た少年の冒険譚を語ろうとしているわけではない。わたしはサックマン自身について話そうとしている。いまから30年前、わたしはサックマンを知っていた。

と、続きます。そして、時は遡り -

1984年。
わたしたちは13歳だった。あの年、阿剛(アガン)の家の榕樹(ガジュマル)がやたらと茂っていたのを、いまでもよく憶えている。

あの年の夏、台湾で、兄を亡くしたばかりのユン、牛肉麺屋のアガンと弟のダーダー、喧嘩っ早くて正義感の強いジェイ - 4人の少年の物語は、こうして幕を開けます。

この本を読んでみてください係数 90/100

◆東山 彰良
1968年台湾生まれ。本名は王震緒。
西南学院大学大学院経済学研究科修士課程修了。

作品「路傍」「ミスター・グッド・ドクターをさがして」「ブラックライダー」「逃亡作法」「ラブコメの法則」「流」他

関連記事

『背中の蜘蛛』(誉田哲也)_第162回 直木賞候補作

『背中の蜘蛛』誉田 哲也 双葉社 2019年10月20日第1刷 池袋署刑事課の課長

記事を読む

『ひりつく夜の音』(小野寺史宜)_書評という名の読書感想文

『ひりつく夜の音』小野寺 史宜 新潮文庫 2019年10月1日発行 大人の男はなかな

記事を読む

『初めて彼を買った日』(石田衣良)_書評という名の読書感想文

『初めて彼を買った日』石田 衣良 講談社文庫 2021年1月15日第1刷 もうすぐ

記事を読む

『片想い』(東野圭吾)_書評という名の読書感想文

『片想い』東野 圭吾 文春文庫 2004年8月10日第一刷 十年ぶりに再会した美月は、男の姿をして

記事を読む

『羊と鋼の森』(宮下奈都)_書評という名の読書感想文

『羊と鋼の森』宮下 奈都 文春文庫 2018年2月10日第一刷 高校生の時、偶然ピアノ調律師の板鳥

記事を読む

『パイナップルの彼方』(山本文緒)_書評という名の読書感想文

『パイナップルの彼方』山本 文緒 角川文庫 2022年1月25日改版初版発行 生き

記事を読む

『少年と犬』(馳星周)_書評という名の読書感想文

『少年と犬』馳 星周 文藝春秋 2020年7月25日第4刷 傷つき、悩み、惑う人び

記事を読む

『密やかな結晶 新装版』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『密やかな結晶 新装版』小川 洋子 講談社文庫 2020年12月15日第1刷 記憶

記事を読む

『神様の裏の顔』(藤崎翔)_書評という名の読書感想文

『神様の裏の顔』藤崎 翔 角川文庫 2016年8月25日初版 神様のような清廉潔白な教師、坪井誠造

記事を読む

『パリ行ったことないの』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文

『パリ行ったことないの』山内 マリコ 集英社文庫 2017年4月25日第一刷 女性たちの憧れの街〈

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑