『ボクたちはみんな大人になれなかった』(燃え殻)_書評という名の読書感想文

『ボクたちはみんな大人になれなかった』燃え殻 新潮文庫 2018年12月1日発行

ボクたちはみんな大人になれなかった(新潮文庫)

好きだった人の名前を、SNSで検索したことはありますか - ? 

それは人生でたった一人、ボクが自分より好きになったひとの名前だ。気が付けば親指は友達リクエストを送信していて、90年代の渋谷でふたりぼっち、世界の終わりへのカウントダウンを聴いた日々が甦る。彼女だけがボクのことを認めてくれた。本当に大好きだった。過去と現在をSNSがつなぐ、切なさ新時代の大人泣きラブ・ストーリー。あいみょん、相澤いくえによるエッセイ&漫画を収録。(新潮文庫)

最愛のブスに ”友達リクエストが送信されました“ 

ハンドルネームしか知らない女の子が、目の前で裸になっていく。こちらを呼ぶ時に 「ねえ」 としか言わない彼女も、きっとボクの肩書しか覚えていない。

枕元の有線で宇多田ヒカルの 『Automatic』 が流れ始めた。「ねえ、懐かしくない? 」 きっとまだ子どもだった頃の曲なのに、彼女は小さく鼻歌を口ずさみながらブラジャーのホックを外している。真っ白なベッドにダイブすると、体目当てのボクの上に思い出目当ての彼女が、下着一枚でまたがってきた。

六本木通りから一本入ったデザイナーズマンションのようなホテルの室内は、ルームランプひとつで薄暗い。映画関係者が一堂に会するパーティーの演出を任されて、気が張っていたのかシャンパン6杯でかなり酔いも回っている。身体は反応するが、悲しいくらいに睡魔が襲ってきた。性欲より眠気に支配される日が来るなんて、20代の自分に言ったら垂直落下式ブレーンバスターを喰らうにちがいない。彼女は今まで何度も話してきたかのような口ぶりで、自分の経歴や年齢、付き合ってきた有名人の話などをしているが、それがどこまで本当か確かめる手段はない。

※小説は、40歳を過ぎた “ボク” の日常の一場面から始まります。飾りがない分、とてもリアルに感じられます。但し、どこまでが本当で、どこからがそうでないかはわかりません。

地下鉄の揺れの中、ひとりの女性のアイコンが 「知り合いかも? 」 の文面と共に目に飛び込んできた。車両の揺れにつり革で対応しながら、そのページから目が離せなくなっていた。彼女はかつて 「自分よりも好きになってしまった」 その人だった。

マーク・ザッカーバーグがボクたちに提示したのは 「あの人は今」 だ。ダサいことをあんなに嫌った彼女のフェイスブックに投稿された夫婦写真が、ダサかった。ダサくても大丈夫な日常は、ボクにはとても頑丈な幸せに映って眩しかった。

彼女はグラビアアイドルのようなカラダではなかったし、野心家でもなかった。よく笑う人で、よく泣く人だった。酔った席で思わず熱心に彼女のことを話すと、よっぽど美人だったんだろうねぇと言われることがあるが、彼女は間違いなくブスだった。ただ、そんな彼女の良さを分かるのは自分だけだとも思っていた。

満員電車が激しく揺れた。外の雰囲気から、ずいぶん遠くの駅まで来てしまった気がして、慌てて降りた。日比谷線、上野駅。亡霊のように灰色のサラリーマンたちが改札に吸い込まれていく。ボクはその波に流されながら、握りしめたスマホの中の彼女のページにもう一度目をやる。「え?」 と思わず声が漏れた。友達申請の送信ボタンを押してしまっていたからだ。

人波に巻き込まれて不意に押してしまったこの状況をまだ受け入れられないでいた。言葉が見つからない。何体もの亡霊が、立ち尽くしたボクの周りをすり抜けていく。時間が止まったように “友達リクエストが送信されました” の画面を眺めていた。(続く

※1995年。20代の後半、ボクは横浜黄金町界隈にあるエクレア工場で働いています。どこにも居場所がなかったボクが、エクレア工場で働き出して2年が過ぎようとしています。物語の “本編” は、ここから始まっていきます。

本文でほとんどを埋めました。飛ばし飛ばしでうまく伝わるか心配ですが、ユルさの中に見え隠れする “やりきれなさ” を感じてもらえたらと。

この本を読んでみてください係数 85/100

ボクたちはみんな大人になれなかった(新潮文庫)

◆燃え殻
1973年神奈川県生まれ。
テレビ美術制作会社 企画、小説家、エッセイスト。

作品 2017年6月30日発売の本作がベストセラーになる。それ以降、多くの媒体で作品を発表している。他に 「すべて忘れてしまうから」

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