『セイレーンの懺悔』(中山七里)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2023/09/11 『セイレーンの懺悔』(中山七里), 中山七里, 作家別(な行), 書評(さ行)

『セイレーンの懺悔』中山 七里 小学館文庫 2020年8月10日初版

不祥事で番組存続の危機に陥った帝都テレビ 「アフタヌーンJAPAN」。配属二年目の朝倉多香美は、里谷太一と起死回生のスクープを狙う。
そんな折、葛飾区で女子高生誘拐事件が発生。被害者は東良綾香、身代金は一億円。報道協定の下、警察を尾行した多香美は廃工場で顔を焼かれた綾香の遺体を目撃する。綾香がいじめられていたという証言で浮かぶ少年少女のグループ。主犯格の少女は小学生レイプ事件の犠牲者だった。
マスコミは被害者の不幸を娯楽にする怪物なのか - 葛藤の中で多香美が辿り着く衝撃の真実とは。報道のタブーに切り込む緊迫のミステリー。(小学館文庫)

事の発端はこうです。

そのとき、帝都テレビ報道局社会部所属の里谷太一、朝倉多香美の二人にとって、何より欲しかったのは “スクープ” でした。もしも、帝都テレビが誇る情報番組 「アフタヌーンJAPAN」 の不祥事がなかったとしたら、果たして二人はどうだったのでしょう。それでも同じことをしたでしょうか? 上司の命令とはいえ、そうまでして記事にしたでしょうか。

配属二年目の多香美はさておき、里谷は逡巡し、繰り返し葛藤していたのだと思います。里谷は以前から、上司である番組プロデューサーの住田やディレクターの兵頭の、報道に向けた基本的なスタンスについて、憤懣やるかたない思いを抱いています。

それでも、「やれ」 と命じられたら 「いや」 とは言えません。報道記者たる者の矜持にかけて、二人は秘かに起死回生の機会を窺っています。葛飾区内で誘拐事件が発生したのは、そんな折のことでした。

被害者は都内公立高校に通う十六歳の少女・東良綾香 (ひがしら・あやか)。夕方自宅を出たきり連絡が途絶え、深夜になってから男の声で誘拐を告げる電話が掛かってきます。電話を取ったのは母親で、男は少女を誘拐したことと身代金は一億円であると告げます。身代金の受け渡し日時や場所についての指示はなく、両親は夜通し二回目の連絡を待つも電話はなく、翌日正午近くになっても連絡がなかったため110番通報したとのことでした。

警察は報道各社に対し、すぐさま報道協定を要請します。その際、警察はそれまで知り得た事件に関する情報は全て開示するというのが協定の前提としてあるわけですが、現実にはそうはいきません。警察は、状況に鑑みて公表すべきは公表し、万が一にも被害者に何かあればという理由で、隠すべきは隠します。それは自明のことでした。

不可解だったのは 「なぜ東良綾香でなければならなかったのか」 ということです。綾香の父・伸弘は、契約社員として働いています。母・律子はパートタイマーで、とても一億円などという大金を用意できるとは思えません。

事態が動いたのは、協定締結後すぐのことでした。誘拐された被害者・東良綾香が、見るも無残な死体となって発見されます。四つ木にある、とある廃工場の中でした。

着衣はほとんど脱げかけており、肌が大きく露出している。
だが、細かな部分にまでは注意がいかなかった。
多香美の目は死体の顔を注視したまま動かない。
死後による鬱血などの変色ではない。
額から顎にかけて、その顔は赤黒く焼け爛れていた。
皮膚の一部が剥がれ落ち、ぶらぶらと揺れている。目蓋は開いたまま、白く濁った眼球を晒している。額といわず頬といわず、顔全体が火ぶくれで醜く膨張している。
それは既に人の顔ではなかった。
まるで赤鬼だった。
(本文より)

逸る気持ちがあったことは否めません。いつも通りにきっちり裏を取り、手抜かりなく取材したかと問われたら、NOと言わざるを得ません。里谷は、実は半ば承知の上でのことでした。一方の多香美は、経験不足故、綾香とその周辺状況の把握に関し、明らかに視野狭窄に陥っています。二人は、真相に至る重要な手がかりを見誤っています。

※事件はこのあと思わぬ方向へ転がっていきます。二転三転し、それでも終わる気配が見えません。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆中山 七里
1961年岐阜県生まれ。
花園大学文学部国文科卒業。

作品 「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「さよならドビュッシー」「闘う君の唄を」「嗤う淑女」「魔女は甦る」「悪徳の輪舞曲(ロンド)」「連続殺人鬼カエル男」他多数

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