『破局』(遠野遙)_書評という名の読書感想文
『破局』遠野 遙 河出書房新社 2020年7月30日初版
第163回芥川賞受賞作
私を阻むものは、私自身にほかならない。
ラグビー、筋トレ、恋とセックス - ふたりの女を行き来するいびつなキャンパスライフ。28歳の鬼才が放つ、新時代の虚無。(河出書房新社)
ゾンビになったと思えば、痛みも悲しみも感じない。
仰向けになり、胸の上で両手の指をしっかりと組み合わせ、交通事故で死ぬ人間がいなくなればいいと思った。働きすぎで精神や体を壊す人間がいなくなればいいと思った。誰も認知症で子供の顔や名前を忘れたりしなくなればいいと思った。すべての受験生がこの春から望んだ学校に通えていればいいと思った。何かの夢に向けて努力している人間がいるなら、その夢が今日にでもまとめて叶えばいい。しかし祈った後で気づいたが、私は神を信じていない。私の願いなど、誰も聞いてはくれないだろう。 (本文より)
(芥川賞) らしいものを読まされた - そんな感じがします。あたり前のことが、あたり前のように書いてあるのに、とてもあたり前には思えません。
書いてある “あたり前” に感じる言い様のない違和感 - それはもう不快感といっていいでしょう - の正体とは一体何なのでしょう? 素直に受け入れられないのには、どんな訳があるのでしょう。
主人公が取る態度やする行動が、あるいはそのときどきの思考のあり方が、あまりにストレートなために、かえって腑に落ちません。もしも全部がわざとでないとしたら、その一々を、どう受け止めればよいのでしょう。どう感じろと?
ところが、(選考委員各位がおっしゃるには) その一々が、
“新しく” 、”現代的” であるらしい。(受賞作ですから当然ですが) 評価は概ね高評価で、なにより “おもしろかった” - らしい。
どこがおもしろかったのか? もったいぶらずに、教えてもらいたい。何気に 「ここがいい」 「ここがおもしろかった」 と言えば、事と次第によっては思いっきりバカにされそうな - そんな気がしてなりません。
(代わりと言っては何ですが) 選考委員の一人であるこの人の評価はといいますと、
彼 (主人公) は嫌味な男だ。にもかかわらず、見捨てることができない。社会に対して彼が味わっている違和感に、いつの間にか共感している。もしかしたら、恐ろしいほどに普遍的な小説なのかもしれない。(小川洋子)
何とも意味深な。意外とフレンドリーな。失礼ながら 「買いかぶりに過ぎないのではないですか」 と、尋ねてみたくなるような。
せいぜい私にわかるのは、彼 (主人公) が実際に目の前にいたとしたら、その言動の一々を目の当たりにしたとするなら、おそらくは、本で読むより何倍も嫌な男に思うに違いない、ということです。彼から漂うものを、本当に “虚無” と呼んでよいのでしょうか。
私は、違うと思います。
この本を読んでみてください係数 70/100
◆遠野 遙
1991年神奈川県生まれ。東京都在住。
慶応義塾大学法学部卒業。
作品 2019年、『改良』 で第56回文藝賞を受賞しデビュー。
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