『坊さんのくるぶし/鎌倉三光寺の諸行無常な日常』(成田名璃子)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/09
『坊さんのくるぶし/鎌倉三光寺の諸行無常な日常』(成田名璃子), 作家別(な行), 成田名璃子, 書評(は行)
『坊さんのくるぶし/鎌倉三光寺の諸行無常な日常』成田 名璃子 幻冬舎文庫 2019年2月10日初版

お布施をくすねた罰で、鎌倉にある禅寺・三光寺に送られることになった、お気楽跡継ぎ坊主の高岡皆道。不動明王のような強面の禅一、謎めいた優男の高仙ら “ワケアリ” の先輩僧侶たちに囲まれながら、慣れない修行に四苦八苦。そんなある日、修行仲間の源光が脱走騒ぎを起こし - 。すねに傷もつ 「悟りきれない」 修行僧たちの、青春 “坊主” 小説! (幻冬舎文庫/書き下ろし)
帯に 「瞑想? 迷走? ワケアリ修行僧たちの煩悩デイズ! あなたの退屈、解決します。」 とあります。
ポップな見出しや軽めの言い回しに騙されてはいけません。基本コメディではありますが、人として、とても深いことが書いてあります。
代々続く寺の跡継ぎとはいえ、皆道は、したくて坊主をしているわけではありません。自分のことは、僧侶というただの自営業者の跡取り息子だと理解しています。
幸か不幸か、浄土真宗では - 修行は毎日の生活の中にあるという考えから - 出家もなければ定まった修行もありません。厳しい戒律もなく、剃髪もせずに済みます。ゆえに、皆道は今、得度とは名ばかりの、ぬるい実家の寺住まいで、それを良いことに寺を継ぐ気になっています。
浄土真宗願千寺。建立三百年以上になる実家の寺は、規模としては中くらいで、親父は俺を含む五人の弟子持ちだ。とはいえ、ほとんどの寺の住職は世襲で息子が継ぐから、他の四人の弟子が願千寺の住職になることはない。伝統ある寺といっても何のことはない、その辺の中小企業と一緒。先細りなところまで同じなのだから嫌になってくる。
さっきみたいに五万も包んでくれる婆さんなんて、じいちゃんの時代には珍しくもなかったらしいが、今じゃ絶滅危惧種のプレミアム檀家だ。(本文より)
お寺ではままこんなことがあります。その日願千寺では、檀家の十三回忌とお葬式が重なったのでした。住職である父親が葬儀へ、息子の皆道が十三回忌の法要へ行くことになります。
その法要で、皆道は、普通なら十分はかかる読経を五分弱で終わらせたのでした。お布施を中抜きし、内緒で競馬に行こうとしたのでした。それらは今回だけに止まらず、以前からもそうで、すべては父親である住職の知るところだったのでした。
事は公けにされ、期せずして皆道は “三光寺送り” となります。
皆道はれっきとした寺の跡継ぎではあるものの、仏教というものをまるで信じていません。いくら考えても、信じることができません。皆道にすれば、ご本尊の阿弥陀如来像さえも昔から家に置いてある、ただの古い置物としか思えません。
住職の父親に倣い仏事もこなすのですが、それはあくまで 「やれと言われてする」 だけの、”カタチ” にしか過ぎません。ゆえに、往々にしてそれは随分と横柄なものになります。
息子の怠慢を知った住職の父親は、皆道に対し 「おまえは、半分勘当だ」 と、 「性根を入れ替えるまでは」 余所の寺へ預けると宣言します。
これといった修行もせず、願千寺の僧侶として漫然と暮らしていただけの皆道は、極めて修行が厳しいとされる禅寺の、(一部では名の知れた) 鎌倉の三光寺へ 「明日から行け」 と命じられたのでした。
◆この本を読んでみてください係数 80/100

◆成田 名璃子
1975年青森県生まれ。東京都在住。
東京外国語大学仏語学科卒業。
作品 「東京すみっこごはん」「咲見庵三姉妹の失恋」「ハレのヒ食堂の朝ごはん」「不機嫌なコルドニエ 靴職人のオーダーメイド謎解き日誌」など
関連記事
-
-
『ひゃくはち』(早見和真)_書評という名の読書感想文
『ひゃくはち』早見 和真 集英社文庫 2011年6月30日第一刷 地方への転勤辞令が出た青野雅人は
-
-
『 A 』(中村文則)_書評という名の読書感想文
『 A 』中村 文則 河出文庫 2017年5月20日初版 「一度の過ちもせずに、君は人生を終えられ
-
-
『煩悩の子』(大道珠貴)_書評という名の読書感想文
『煩悩の子』大道 珠貴 双葉文庫 2017年5月14日第一刷 桐生極(きわみ)は小学五年生。いつも
-
-
『犯人は僕だけが知っている』(松村涼哉)_書評という名の読書感想文
『犯人は僕だけが知っている』松村 涼哉 メディアワークス文庫 2021年12月25日初版
-
-
『逃亡者』(中村文則)_山峰健次という男。その存在の意味
『逃亡者』中村 文則 幻冬舎 2020年4月15日第1刷 「一週間後、君が生きてい
-
-
『ハコブネ』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文
『ハコブネ』村田 沙耶香 集英社文庫 2016年11月25日第一刷 セックスが辛く、もしかしたら自
-
-
『走ル』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文
『走ル』羽田 圭介 河出文庫 2010年11月20日初版 なんとなく授業をさぼって国道4号線を
-
-
『円卓』(西加奈子)_書評という名の読書感想文
『円卓』西 加奈子 文春文庫 2013年10月10日第一刷 直木賞の『サラバ!』を読む前に、
-
-
『走れ! タカハシ』(村上龍)_書評という名の読書感想文
『走れ! タカハシ』村上龍 講談社 1986年5月20日第一刷 あとがきに本人も書いているの
-
-
『僕の神様』(芦沢央)_書評という名の読書感想文
『僕の神様』芦沢 央 角川文庫 2024年2月25日 初版発行 あなたは後悔するかもしれない