『フォルトゥナの瞳』(百田尚樹)_書評という名の読書感想文
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『フォルトゥナの瞳』(百田尚樹), 作家別(は行), 書評(は行), 百田尚樹
『フォルトゥナの瞳』百田 尚樹 新潮文庫 2015年12月1日発行
幼い頃に家族を火事で失い天涯孤独の身となった木山慎一郎は友人も恋人もなく、自動車塗装工として黙々と働くだけの日々を送っていた。だが突然「他人の死の運命」を視る力を手に入れ、生活は一変する。はじめて女性と愛し合うことを知った慎一郎の「死の迫る人を救いたい」という思いは、無情にも彼を窮地へと追いやり・・・・・・・。生死を賭けた衝撃のラストに心震える、愛と運命の物語。(新潮文庫)
※フォルトゥナとは、ローマ神話に出てくる球に乗った運命の女神のこと。「人の運命」が見えるといいます。
「人の運命が見える」とは、「人が死ぬのがわかる」ということです。この物語の主人公である木山慎一郎や、彼がのちに出会うことになる内科医の黒川には、「やがて死ぬであろう人間」が、ひと目でそれとわかります。
彼らは、思いもしない「フォルトゥナの瞳」を手に入れ、それがために生活は一変し、「やがて死ぬであろう人間」を目にすると、その都度、それを(何も知らないでいる本人に)伝えるべきかどうかで、狂おしく煩悶することになります。
たしかに - 伝えることで(あるいは死に至る原因から遠ざけることで)当人は死なずに済みます。死を免れ、(本当はなかったはずの)後の人生を生き延びることができます。
しかし、それはそもそもの、人が持って生まれたもとの運命(そんなものがあればということですが)を変えてしまう、大それた、「してはならない」行為ではないのか。神の領域であるべきはずのことに、人が自ら手を下すなどということが許されるのかどうか・・・・・・・
それでも彼らは、ある場合、良心の呵責に耐え兼ねて(わかっているのに見過ごすことができずに)他人の命を救ってみせます。ところが、他人の命を長らえると、やがてその分だけ自分の命を削っているのがわかってきます。
・・・・・・・・・
死に逝く間際の人は、例えば手首より先の部分、あるいは顔の全体などが透けて見えます。皮膚の透け具合により、すぐに死ぬのか、今しばらくは猶予があるかの判断がつきます。慎一郎はまだそこには至りませんが、黒川には具体的な死期までを見通すことができます。
偶然にある人を見て、その人が間もなく死ぬとわかる - もしも私が、もしもあなたが「フォルトゥナの瞳」の持ち主であったとしたらどうでしょう?
その人は、私やあなたにとって縁もゆかりもないアカの他人だったとしましょう。大人ばかりでなく、幼い子供かもしれません。街でたまたま行き合っただけの人物の、偶然同じ電車に乗り隣に居合わせただけの人物の、
手首から先がすべて消えていて、たとえばそれが若い女性で、色鮮やかなネイルだけがふわふわと揺れ動いていたとしたら、
彼女に対し、あなたは「もうじき死ぬ運命にあります」と躊躇なく言えるでしょうか。仮に言えるとすれば、どんな手立てをもって伝えることができるのでしょう。
その人に何があって死ぬかはわかりません。不治の病に冒されているのか、不慮の事故に遭うまさに間際なのか、あるいは自ら命を絶とうとしているのかもしれません。
それは随分と良心を痛めることになりますが、もしも(「フォルトゥナの瞳」などというものとは無関係の)ただの人間だったとしたら、もとより何もわからなかったことです。
はからずも神の目を持つに至った慎一郎は、生来の生真面目な性格ゆえ、「やがて死ぬであろう人間」を見過ごすことができません。自ら命を縮めてしまうとわかっていながら、彼は死に逝く人に対し、無関心ではいられません。
他人の運命を変えると、後悔することになる。お前にもいつかわかる時が来る - かつて慎一郎にそう言った黒川は、自らに課した禁忌を破り、人を救おうとして命を落とします。
なにが為の心眼か? 「フォルトゥナの瞳」などというものを手に入れたばかりに、慎一郎は、はじめてできた愛する女性との将来と死の迫る大勢の他人の命を救いたいという気持ちの間で、究極の呻吟を味わうことになります。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆百田 尚樹
1956年大阪府大阪市生まれ。
同志社大学中退。
作品 「永遠の0」「海賊とよばれた男」「モンスター」「影法師」「カエルの楽園」他多数
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