『犯罪小説集』(吉田修一)_書評という名の読書感想文

『犯罪小説集』吉田 修一 角川文庫 2018年11月25日初版

犯罪小説集 (角川文庫)

田園に続く一本道が分かれるY字路で、1人の少女が消息を絶った。犯人は不明のまま10年の時が過ぎ、少女の祖父の五郎や直前まで一緒にいた紡(つむぎ)は罪悪感を抱えたままだった。だが、当初から疑われていた無職の男・豪士の存在が関係者たちを徐々に狂わせていく・・・・・・・。(「青田Y字路」) 痴情、ギャンブル、過疎の閉鎖空間、豪奢な生活・・・・・・・幸せな生活を願う人々が陥穽にはまった瞬間の叫びとは? 人間の真実を炙り出す小説集。(角川文庫)

青田Y字路 (あおたのわいじろ)
夏も深まり、稲は青々と育っている。青田に張った水も日を浴びてますます透き通り、稲は風を受け、一面に美しい青田波が立つ。

この田園風景のなか、一本道が延びている。砂利敷きの一本道は夏日に白く輝き、そのきらめきに誘われるように歩いていくと、大きな一本杉のあるY字路になる。Y字路を右に向かえば鬱蒼とした杉林で、左に折れれば、バブル崩壊で打ち捨てられた宅地造成予定跡地となる。

声はすぐそこにある中前神社の境内からで、今日は折しも夏越祭りの最終日、狭い参道には、焼きそば、磯辺焼き、ベビーカステラの屋台が並び、参拝客の汗もソースも醤油も砂糖も全部いっしょくたになって賑わっている。

この境内のさらに奥、賑わいから離れた竹やぶに一台の白いバンが停まっている。後部ハッチを開けた荷台には、有名ブランドの偽物がずらりと並ぶ。売り主らしい中年女を頭ごなしに怒鳴っているのは地元のヤクザで、

「誰の許可もらってここで商売してんだよ? あ? どっから入り込んだ? 」
ヤクザが中年女の頭を叩く。汗まみれの女の髪は濡れて重く、動かない。その髪を男が掴む。毛が抜けるほど摑まれて、中年女の顔が歪む。

「分かった。・・・・・・・私、分かったよ! 」
謝っているのに、怒ったような口調には日本人にはない訛りがある。

その口調に苛立った男が、容赦なく女の頬を張る。顎も張る。耳を掴み、肉厚の手のひらで、女の低い鼻を潰そうとする。

遠巻きに眺めていた客たちも、いよいよこのあたりで逃げていく。白いバンの裏に隠れていた若い男がおずおずと姿を現わしたのはそのときで、出てきたはいいが何もできない。(本文より抜粋/P6 ~ 8

この 「若い男」 というのが中年女の一人息子で、名前を中村豪士といいます。童顔でまだ高校生のようにも見えるのですが、彼は二十五歳になっています。


二週間ほどの後、祭りの主催グループのリーダー、藤木五郎の孫娘・愛華の行方がわからなくなります。捜索の結果見つかったのは彼女のランドセルだけで、生死もわからぬまま、時間だけが過ぎていきます。

(愛華が姿を消す直前まで彼女と一緒にいたのが、同級生の紡でした。彼女は、今も消えない罪悪感を抱えています。当時、愛華の失踪に際し率先して捜索に協力したメンバーの中に、紡の父がいます。彼はかつての捜索に関し、ある大きな後悔を抱えています)

そして10年後。今度は五郎の中学の同級生の、次男坊の娘が行方不明になります。

その時、豪士は三十五歳。10年前、確かに豪士は疑われたのでした。しかも真っ先に。今またそうであるのは、ここで生きる人々の 「何が」 そうさせるのか。そうさせたのか。- どうにもならず、結局豪士は、暴挙に出ます。

※その臨場感、そのリアルさに圧倒される思いで読みました。いつかどこかで目にしたような、聞いたような話ばかりが書いてあります。

収録作品
・青田Y字路 (あおたのわいじろ)
・曼珠姫午睡 (まんじゅひめのごすい)
・百家楽餓鬼 (ばからがき)
・万屋善次郎 (よろずやぜんじろう)
・白球白蛇伝 (はっきゅうはくじゃでん)

この本を読んでみてください係数  85/100

犯罪小説集 (角川文庫)

◆吉田 修一
1968年長崎県長崎市生まれ。
法政大学経営学部卒業。

作品 「最後の息子」「熱帯魚」「パレード」「パーク・ライフ」「悪人」「横道世之介」「さよなら渓谷」「愛に乱暴」「怒り」「国宝」他多数

関連記事

『ぼぎわんが、来る』(澤村伊智)_書評という名の読書感想文

『ぼぎわんが、来る』澤村 伊智 角川ホラー文庫 2018年2月25日初版 ぼぎわんが、来る (

記事を読む

『ヒーローインタビュー』(坂井希久子)_書評という名の読書感想文

『ヒーローインタビュー』坂井 希久子 角川春樹事務所 2015年6月18日初版 ヒーローインタ

記事を読む

『人のセックスを笑うな』(山崎ナオコーラ)_書評という名の読書感想文

『人のセックスを笑うな』山崎 ナオコーラ 河出書房新社 2004年11月30日初版 人のセック

記事を読む

『花や咲く咲く』(あさのあつこ)_書評という名の読書感想文

『花や咲く咲く』あさの あつこ 実業之日本社文庫 2016年10月15日初版 花や咲く咲く (

記事を読む

『ノースライト』(横山秀夫)_書評という名の読書感想文

『ノースライト』横山 秀夫 新潮社 2019年2月28日発行 ノースライト 一家はどこ

記事を読む

『ヘヴン』(川上未映子)_書評という名の読書感想文

『ヘヴン』川上 未映子 講談社文庫 2012年5月15日第一刷 ヘヴン (講談社文庫)

記事を読む

『いつか深い穴に落ちるまで』(山野辺太郎)_書評という名の読書感想文

『いつか深い穴に落ちるまで』山野辺 太郎 河出書房新社 2018年11月30日初版 いつか深

記事を読む

『氷菓 The niece of time』(米澤穂信)_書評という名の読書感想文

『氷菓 The niece of time』米澤穂信 角川文庫 2001年11月1日初版 氷菓

記事を読む

『憤死』(綿矢りさ)_書評という名の読書感想文

『憤死』綿矢 りさ 河出文庫 2015年3月20日初版 憤死 (河出文庫)  

記事を読む

『珠玉の短編』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『珠玉の短編』山田 詠美 講談社文庫 2018年6月14日第一刷 珠玉の短編 (講談社文庫)

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『農ガール、農ライフ』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『農ガール、農ライフ』垣谷 美雨 祥伝社文庫 2019年5月20日初

『許されようとは思いません』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『許されようとは思いません』芦沢 央 新潮文庫 2019年6月1日発

『百花』(川村元気)_書評という名の読書感想文

『百花』川村 元気 文藝春秋 2019年5月15日第1刷 百花

『義弟 (おとうと)』(永井するみ)_書評という名の読書感想文

『義弟 (おとうと)』永井 するみ 集英社文庫 2019年5月25日

『夜に啼く鳥は』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『夜に啼く鳥は』千早 茜 角川文庫 2019年5月25日初版

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑