『ファイナルガール』(藤野可織)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/12
『ファイナルガール』(藤野可織), 作家別(は行), 書評(は行), 藤野可織
『ファイナルガール』藤野 可織 角川文庫 2017年1月25日初版
どこで見初められたのか、私にはストーカーがついている。もう何年も。そして私の結婚が決まったあとも、携帯に電話をかけてくる(「去勢」)。狼が訪ねてきたのは俺が五歳の時だった。その記憶が、俺の生涯を変えた(「狼」)。リサの母は、リサを守って連続殺人鬼とともに死んだ。その日から、リサの戦いが始まった(「ファイナルガール」)。日常に取り憑いて離れない不気味な影。歪んだ愛と捩れた快楽、読む者に迫りくる7つの短篇集。(角川文庫)
突然ですが、今朝の新聞(2/23 京都新聞凡語欄)でこんな文章を見つけました。
「起こったこともなく、起こり得るはずもないこと。だが、起こったかもしれないと思わせること」。米国の作家ロバート・ネイサンはファンタジーを、そう定義した。
その時すでにこの本を読んだあとだった私は、思わず「これだ! 」と -『ファイナルガール』を説明するなら、まさしくそういうことなんだと。無理からいうなら、この本に書いてあるのはちょっと不気味な、大人の、捻じくれたファンタジーではないかと。
テレビでたまに観る、あの『世にも奇妙な物語』の世界を7つ集めて一冊の本にしたような短篇集で、私はこの手の話が大好きなのです。
現実には起こるはずのない出来事が(物語の中では)当たり前のようにして起こり、総じて不気味で、時には酷く凶悪であったりもし、その先がどうなってゆくのかドキドキしながら片時も目が離せないような。
思うに、このとき重要なことは「既視感」ではないかと思います。そんなことはあろうはずがないのに、そういえば、それに似た思いをいつかどこかでしたような気がする。あの時たしかにそんな感じがした覚えがある - そう思えるかどうかが肝要です。
思いもよらない方向から記憶にアクセスされて、最初は戸惑うが、次第に病みつきになる。もっと殺して欲しいし、もっと追いかけて欲しいし、もっと怖い場所へ連れて行かれたい。そして、加速しながら予想以上の場所へと連れて行ってくれる展開に、歓喜してしまう。
これは文庫の解説(村田紗耶香著)にある文章で、このあと、人間の記憶をとことん正直に解剖すると、こんな物語が発生するのではないか、と思わせる説得力がある。と続きます。
冒頭の作品「大自然」、続く「去勢」を読んでみてください。読むと、すぐにそのことに気付くはずです。
「去勢」
ストーカーは友里に対して、繰り返し何度も何度も電話をしてきては、彼女を罵倒します。しかし、
私(友里)はこちらの呼吸音が入り込む隙もないくらい素早く出たり切ったりを繰り返しながら、眉のむだ毛を抜き、テレビを点けて早朝のニュースを観た。
すると、また着信があり、耳を当てると、電話の向こうでストーカーが息を整えているのがわかります。そして落ち着いた、ゆったりした口調でこう言います。
「すまなかった。ひどいことを言ってしまった。どうか許してくれ」「ぼくはきみを愛している。きみがなにをしようと、誰と寝ようとかまわないんだ。すべてきみの自由だ」
私(友里)は冷蔵庫を開け、牛乳のパックを取り出した。中身をマグカップに注ぐ。そして彼に、一気に牛乳を飲み干す音を聞かせてあげた。
この作品では、被害者であるべき友里の方がはるかに優位に立ち、加害者であるはずのストーカーを思い通りに操り、いたぶり、容赦がありません。どうです?(ストーカーではないにせよ)他の誰かに対して、友里がするのと同じような振る舞いを、もしかすると、貴女も前にしたことがあったりして。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆藤野 可織
1980年京都府京都市生まれ。
同志社大学大学院美学および芸術学専攻博士課程前期修了。
作品 「いやしい鳥」「爪と目」「おはなしして子ちゃん」「パトロネ」など
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