『盗まれた顔』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/13 『盗まれた顔』(羽田圭介), 作家別(は行), 書評(な行), 羽田圭介

『盗まれた顔』羽田 圭介 幻冬舎文庫 2014年10月10日初版

警視庁捜査共助課の白戸は指名手配犯たちの顔を脳に焼き付け、新宿の一角に立っていた。一日で100万もの〈顔〉が行き交う雑踏で、記憶との照合作業を密かに行う。犯人の罪状も動機も関係ない。覚えた顔を見つけるだけ。不意に目の奥が弛緩した。親しみを感じる顔が目に飛び込んでくる。すぐに500の〈顔〉が並ぶ手帳を確かめた。間違いない。指名手配されている男だ。来る日も来る日も、勘を頼りに繁華街を彷徨い、いつ現れるとも知れない手配犯を捜す「見当たり捜査」。見つける側であり続けるはずだった白戸が見つけられる側に転じたのは、一人の中国人マフィアを歌舞伎町で逮捕した時だった。(「BOOK」データベースより)

どこかの書評(おそらく「日刊ゲンダイ」だったと思います)で、『冒頭から結末まで、しびれるような緊張感に貫かれ、著者が「エンタメ性と文学性をうまく融合させることができた」と誇る会心作だ。』と書かれてあるのを読みました。

私も、まったく同感です。文庫は結構分厚く、ほぼ400ページになる長編です。どのページにもびっしり文字が埋まり、最後まで緩むことがありません。知らずに読むと、羽田圭介以外の誰かが書いた、まるでジャンルの違う読みもののようでもあります。

『スクラップ・アンド・ビルド』を読んだあと続けて4、5冊この人の本を読んだのですが、その中でもとりわけエンターテイメント性が高く、良い作品だと思います。

とても守備範囲の広い人(色々とご意見はあろうと思いますが、ここは褒め言葉として)で、読む度に印象が違います。比較するのが難しいのですが、読むうちに、何だか『スクラップ・アンド・ビルド』が一番「普通の話」に思えてきたりします。

それはともかくとして、さすがに芥川賞を受賞するだけあって、目のつけどころが違います。「見当たり捜査」という、大概の人は知らない、聞いたこともない、いかばかりかドラマになりにくい - 誰もが書こうとしなかった領域に及んで話は展開して行きます。

羽田圭介が非凡な感性の持ち主であることは、もはや疑いようがありません。そして、それを面白い読み物に仕立て上げる技術があってこその「文才」だとしたら、彼には間違いなく「文才」があります。
・・・・・・・・・・
この小説に批判的な人の中には、「大きな盛り上がりがなくて物足りない」「オチが理解できない」「最後まで読んだら全然つまらない結末だった」「追うものが追われる感がイマイチ伝わってこない」といった感想があります。

各々読み方や感じ方が違うのは仕方のないことですが、とても残念に思うのは、肝心要の白戸の行状や、白戸とチームを組む安藤や谷のそれらについての感想が、まるで最初からなかったことのように抜け落ちていることです。

この小説では、人の「顔」に関して、ひいてはこの世に一人きりしかいないある人物を「特定する」という行為について、人は何をもって記憶に留め置き、いかにして揺るぎのない確信に至るのかを質そうとしています。

数多くの出合いの中で、ある人の顔はすっかり忘れ、ある人の顔については死ぬまで覚えているのは、一体何がどう作用しているからなのでしょう。

例えば、街にあふれかえる人混みの中で偶然見知った人の顔を発見した(と感じた)ような場合。視覚の隅に立ち現れた、根拠のない、しかし確かにどこかで見た覚えのある「顔」と行き合ったようなとき・・・

果たしてその「顔」が誰であるのか。何時、いかなる時に出合い、その「顔」を持った人物が何をしたのか、あるいは何事も為さずにいた故に記憶に留まっているのか。

手帳に貼り付けた何百人もの指名手配犯の中の一人なのか。あるいは、過去に捕えた犯罪者が更生して街をぶらついているだけなのか。それとも遠い昔に知り合って、久しく会わなくなった顔見知りであるだけのことなのか。

その誰かの「顔」を見つけたとしたらまだしも、見つけられないまま「ハズレ券の海の中で泳いでいるよう」な仕事こそが「見当たり捜査」です。白戸をも凌駕する驚異的な能力を持つ安藤に対して、谷はここ何ヶ月一人の犯人も検挙出来ずにいます。

白戸の調子も今一つで、2日続けて検挙したと思えば、それ以後はさっぱり。物語の後半 -「安藤は3日前に一人検挙し、白戸と谷は連続無逮捕記録を更新中であった。白戸は今日で120日目、谷は203日目を迎える」といった事態になっています。

果てしなく低い可能性に賭ける「見当たり捜査」に取り組む白戸らの苦渋や葛藤、犯人を発見した瞬間の緊張感と高揚感 - それ以上(以外)の「盛り上がり」をこの本に期待するなら、おそらくそれは見当違いというものです。

この本を読んでみてください係数 85/100


◆羽田 圭介
1985年東京都生まれ。
明治大学商学部卒業。

作品 「黒冷水」「ミート・ザ・ビート」「不思議の国の男子」「走ル」「スクラップ・アンド・ビルド」「メタモルフォシス」他

関連記事

『はんぷくするもの』(日上秀之)_書評という名の読書感想文

『はんぷくするもの』日上 秀之 河出書房新社 2018年11月20日初版 すべてを

記事を読む

『ロスト・ケア』(葉真中顕)_書評という名の読書感想文

『ロスト・ケア』葉真中 顕 光文社文庫 2015年4月20日第6刷 戦後犯罪史に残

記事を読む

『新装版 汝の名』(明野照葉)_書評という名の読書感想文

『新装版 汝の名』明野 照葉 中公文庫 2020年12月25日改版発行 三十代の若

記事を読む

『日没』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『日没』桐野 夏生 岩波書店 2020年9月29日第1刷 ポリコレ、ネット中傷、出

記事を読む

『名前も呼べない』(伊藤朱里)_書評という名の読書感想文

『名前も呼べない』伊藤 朱里 ちくま文庫 2022年9月10日第1刷 「アンタ本当

記事を読む

『偽りの春/神倉駅前交番 狩野雷太の推理』(降田天)_書評という名の読書感想文

『偽りの春/神倉駅前交番 狩野雷太の推理』降田 天 角川文庫 2021年9月25日初版

記事を読む

『彼女は頭が悪いから』(姫野カオルコ)_書評という名の読書感想文

『彼女は頭が悪いから』姫野 カオルコ 文藝春秋 2018年7月20日第一刷 (読んだ私が言うのも

記事を読む

『半自叙伝』(古井由吉)_書評という名の読書感想文

『半自叙伝』古井 由吉 河出文庫 2017年2月20日初版 見た事と見なかったはずの事との境が私に

記事を読む

『ニワトリは一度だけ飛べる』(重松清)_書評という名の読書感想文

『ニワトリは一度だけ飛べる』重松 清 朝日文庫 2019年3月30日第1刷 この物

記事を読む

『監殺』(古野まほろ)_書評という名の読書感想文

『監殺』古野 まほろ 角川文庫 2021年2月25日第1刷 唯一無二 異色の警察ド

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『地雷グリコ』(青崎有吾)_書評という名の読書感想文 

『地雷グリコ』青崎 有吾 角川書店 2024年6月20日 8版発行

『アルジャーノンに花束を/新版』(ダニエル・キイス)_書評という名の読書感想文

『アルジャーノンに花束を/新版』ダニエル・キイス 小尾芙佐訳 ハヤカ

『水たまりで息をする』(高瀬隼子)_書評という名の読書感想文

『水たまりで息をする』高瀬 隼子 集英社文庫 2024年5月30日

『黒牢城』(米澤穂信)_書評という名の読書感想文

『黒牢城』米澤 穂信 角川文庫 2024年6月25日 初版発行

『消された一家/北九州・連続監禁殺人事件』(豊田正義)_書評という名の読書感想文

『消された一家/北九州・連続監禁殺人事件』豊田 正義 新潮文庫 20

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑