『笑う山崎』(花村萬月)_書評という名の読書感想文

『笑う山崎』花村 萬月 祥伝社 1994年3月15日第一刷


笑う山崎 (ノン・ポシェット)

 

「山崎は横田の手を握ったまま、無表情に笑っている。無表情に笑うというのもおかしいが、山崎の笑いは、まさにそんな感じだった。」(「山崎の帰郷」より)

山崎の背中には刺青がなく、指もちゃんと揃っています。肌は血の気を失ったように白くて、ついでに言うと下戸です。山崎の最終学歴は京都大学中退、超がつくインテリで、彼の話は常に論理的です。但し、概してそれは世間の常識からは大きく逸脱したものです。

冷酷無比という観点で言うと、山崎は極道のなかの極道です。一切の感情を表に出さないまま平然と人を殺します。山崎にすれば、戒めに痛めつける=殺すということなのです。対抗する組織の極道、組内の仲間等、すべてを含んで誰もが山崎を恐れています。

山崎がすることは、常識では測り知れません。冒頭の「笑う山崎」で、読者はいきなり山崎の奇行に唖然となり、理解不能となるに違いありません。それはおそらく彼なりの愛情表現なのでしょうが、あまりに歪すぎて、周囲をあたふたさせるばかりなのです。
・・・・・・・・・・
山崎が好きになったのは、初めて隣りに座ったフィリピン出身のホステス・マリーでした。マリーは決して若くはありません。40歳代の前半くらいで、目尻に深い皺が刻まれた、尖った鼻先や顎の線が、冷徹な意志を感じさせる女性です。

山崎は自分の腕時計が欲しいか、とマリーに訊ねます。その時計はスイス製で、ベルトにまで全面小粒のダイヤが埋め込まれた、叩き売っても300万はする代物です。「お金、欲しくて日本来た。お金のため、日本人に頭さげる」剥き出しな答えに、周囲は慌てます。

山崎は、左の拳におしぼりを巻きつけます。その上に時計をはめ、拳を握り直して立ち上がると、マリーに向き直ります。次の瞬間、マリーの軀は吹っ飛び、肉にダイヤが噛む音が聴こえます。鼻が潰れ、軟骨が露出しています。顔半分が深紅の血で覆われます。

マリーの傷が癒え、整形外科で鼻を元に戻すと、2人は夫婦になります。ちょっと考えられない展開ですが、山崎はそういう男なのです、としか言い様がありません。マリーにはパトリシアという娘がいますが、以後の山崎は2人に対して過剰なほどの愛情を注ぎます。
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山崎は京都の人間で、京都小桜会の組長代行として、現実的な組の采配を任せられている人物です。その山崎が、今は東京近郊の地方都市にいます。小桜会の傘下となった関東誠勇会高木一家の客分として、目付(見張り役)のために「出張中」の身です。

寺山は高木一家の代貸で、山崎の補佐役です。寺山にとり山崎はあくまでも脅威で、畏怖の対象ですが、山崎に認められている自分を誇りに思っています。正体は掴みどころがありませんが、山崎の人を制圧する圧倒的なオーラは認めざるを得ません。

ある倒産した社長一家の取立ての場面です。寺山は極道らしく、容赦なく社長を責め立てます。社長の妻はヒステリーで倒れこみ、娘はすすり泣くばかりです。妻と娘の軀を売ってでもとすがる社長ですが、寺山は相手にしません。回収する手立てがありません。

寺山の仕事に対して、山崎は終始無言です。最後に山崎が下した結論は、「海外旅行」で
した。それが何を意味するのか、さすがに同類の寺山は承知しています。

海外旅行は、最終的な手段です。外国で行う臓器売買のことで、国内で秘密裡にやる、左右一対ある臓器の片方だけ摘出して売るといった生易しいものではありません。全ての臓器や角膜を売り捌くということです。旅行者は、二度と帰って来れない運命なのです。

「・・・社長はやむをえませんが」と言う寺山に対して、即座に山崎は、
「社長だけじゃない。母も娘も、だ」と応えて、口の端で笑っています。
「なあ、寺山。社長ひとりが海外旅行では、寂しいよ。家族だろう」と続ける山崎に、寺山は曖昧に頷くばかりです。

山崎は、寺山に「平等を心掛けろ」と言います。ここでの山崎の哲学は「平等というのは、強者の発想で、高いところから無理やり与えるもの」で、「平等を力ずくで押しつけられる者は、畏怖される」ということです。寺山には、よく分からない理屈です。

山崎がひどくムキになって押しつけてくる理解不能な理屈に、寺山はある異常なものを感じ取っています。山崎のそれは、暴力よりも危険な匂いがします。しかし、結局のところ寺山には山崎の行動原理が理解できません。理解できずに、心の隅に恐れだけが残ります。

最初の「笑う山崎」だけ紹介しましたが、この本は連作の長編になっており、「山崎の憂鬱」「山崎の帰郷」「炙られる山崎」「走る山崎」「山崎の情け」「山崎の依存」「嘯く(うそぶく)山崎」と続いています。約20年前の傑作です。ぜひ、手に取ってみてください。

 

この本を読んでみてください係数 85/100


笑う山崎 (ノン・ポシェット)

◆花村 萬月
1955年東京都生まれ。本名は吉川一郎。
サレジオ中学卒業後、寝袋ひとつで全国を放浪、さまざまな職業を経験する。

作品 「ゴッド・ブレイス物語」「皆月」「ゲルマニウムの夜」「ブルース」「ぢん・ぢん・ぢん」「二進法の犬」「王国記」「百万遍 青の時代」「沖縄を撃つ!」「武蔵」他多数

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