『神様』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2020/03/24 『神様』(川上弘美), 作家別(か行), 川上弘美, 書評(か行)

『神様』川上 弘美 中公文庫 2001年10月25日初版


神様 (中公文庫)

なぜなんだろうと。なぜ私はこの人の小説が読みたくなるのか。熱烈なファンかといえば、そんなことではありません。ではないんだけれど、なぜか気になって手に取ってしまう。自分でもよくわかりません。

まわりがいい、いいと言うから、それに釣られて、じゃあ読んでみようと半ば強迫的に読んでいるのかといえば、そんなでもない。読むと感じるものがあるから読みたくなるわけであって、ではそれが何かと訊かれると、上手く説明はできません。

この人の小説が好きで、真正面から堂々と感想を述べておられるブロガーの皆さんを、私は心から尊敬しています。説得力のある書評を読むと、ひたすら自分が愚かしく情けなくなります。

私にはしかるべき感性がないんだろうと。おまけに文章力がありません。どんなに感じていても、「どんなに」 だけでは誰にも何にも伝わりません。わかってはもらえません。

小林秀雄は言いました。「考えていることを文章にする。もしもそれが上手く言葉にならないとすれば、実は、それは “何も考えていない” ということである」 と。ひょっとすると私は、読んだつもりでいるだけなのかもしれません。

表題の 「神様」 は、著者のデビュー作です。あとがきにあるのですが、あるとき急に何か書きたいと思い立って、2時間くらいで一気に書き上げたのがこの「神様」 だそうです。「書いている最中も子供らはみちみちと取りついてきて往生した」 と回想しています。

子供がみちみち、ですよ!!  子供が纏わりついて煩わしいとき、一体誰が 「みちみちと取りついた」 などと表現します?  というか、普通その状況を説明するのに、いや他の場面であっても、そもそも 〈みちみち〉 なんていう単語は出てこないでしょ。

そういえば 『溺レる』 を読んだとき、歳の離れたメザキさんとサクラちゃんの、微妙な距離を保ったままの淡い恋愛事情を描いた短編がありました。2人は居酒屋を出た後、何とはなく帰りづらくて深夜の町を散歩していると、夜明け前に雨が降ってきます。

サクラちゃんは、おしっこがしたくて我慢できなくなります。暗闇と草むらに隠れているとは言え、メザキさんが近くにいるのに、お尻を出しておしっこをするのはとても勇気のいることです。サクラちゃんは、雨と一緒に葉を濡らすさやさやというおしっこの音を聞いています。

おしっこの音が 〈さやさや〉 。〈みちみち〉 に、〈さやさや〉。「神様」では、くまの足がアスファルトを踏む、かすかな音が 〈しゃりしゃり〉 。〈みちみち〉 に、〈さやさや〉、そして〈しゃりしゃり〉。

人間を散歩に誘うくらいですから、このくまは大人で非常に礼儀正しく、さらには 「縁(えにし)」 を重んじる、昔気質のくまです。礼節を尽くして、なおかつ主張すべきところは遠慮なく主張もするのですが、分をわきまえていて、押しつけるような嫌味がありません。

自分のことを、できれば漢字を頭でイメージして 「貴方(あなた)」 と呼んでくれるとうれしいと言います。別れ際には、「もし嫌でなければ、抱擁を交わしてもらえないか」 と要望したりもします。くまの間では、親しい人と別れるときの習慣だと言います。

『神様』は、夢の話です。絵本作家の佐野洋子さんが解説を書いていますが、「川上さんは、どっかで、入口をみつけて平気でトコトコそこに行ける人なのだ」 と評しています。「好きなだけ遊んで、好きな時に帰って来る」 川上弘美とは、そんな作家だと言っています。

夢の見方がハンパないので、細部までしっかり見ることができて、しかも自在にコントロールできてしまう人、そんな川上評がぴったりな作品が 『神様』です。

〈みちみち〉 に 〈さやさや〉、〈しゃりしゃり〉 の先に広がる 〈夢の世界〉に、ふわりふわりと漂う心地よさを、存分に味わおうではありませんか。

ここには表題作の他に、8編の夢物語が収められています。最終の「草上の昼食」では、「神様」のくまが再び登場します。彼(でよいと思います)は今の生活に見切りをつけて、故郷へ帰ると言います。しおどきだと言い、結局馴染めなかったんだろうと言います。最初からあり得ない話ですが、ひょっとすると貴方は、泣いてしまうかも知れません。

この本を読んでみてください係数 85/100


神様 (中公文庫)

◆川上 弘美
1958年東京都生まれ。本名は山田弘美。
お茶の水女子大学理学部卒業。高校の生物科教員などを経て作家デビュー。俳人でもある。

作品 「溺レる」「蛇を踏む」「センセイの鞄」「真鶴」「風花」「これでよろしくて?」「パスタマシーンの幽霊」「どこから行っても遠い町」他多数

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