『透明な迷宮』(平野啓一郎)_書評という名の読書感想文

『透明な迷宮』平野 啓一郎 新潮文庫 2017年1月1日発行


透明な迷宮 (新潮文庫)

深夜のブタペストで監禁された初対面の男女。見世物として「愛し合う」ことを強いられた彼らは、その後、悲劇の記憶を「真の愛」で上書きしようと懸命に互いを求め合う。その意外な顛末は・・・・。表題作「透明な迷宮」のほか、事故で恋人を失い、九死に一生を得た劇作家の奇妙な時間体験を描いた「Re:依田氏からの依頼」など、孤独な現代人の悲喜劇を官能的な筆致で結晶化した傑作短編集。(新潮文庫)

「透明な迷宮」
その天井の高い、黒一色の部屋で、彼らは全員、全裸で蹲っていた。男女六人ずつ計十二人がいて、日本人は岡田とミサだけだった。(後略)

年齢は二十代から四十代くらいまでで、皆ハンガリー人ではなく、岡田たちと同様、欺されたり、拉致されたりして連れて来られた観光客だった。

ブタペストのペスト側にある、十九世紀末に建てられた古い七階建ての建物だった。(中略)そこで、立食形式のパーティーが催され、岡田とミサは一時間ほどを寛いで過ごした。その後、七階に案内されて、奥の部屋に足を踏み入れたところで、突然数人の男たちに押さえつけられ、衣服を奪われて、更に奥にある一室に監禁されてしまったのだった。

岡田は東京の小さな貿易会社に勤務しています。ブタペストには、プロポリスの輸入契約のために一人で来ています。商用を終え、何気に町を散策し、カフェで一休みしている時、隣のテーブルの四人の中にいた一人の日本人、ミサという名の女性と出合います。

岡田に対し、ミサは同じテーブルにいる大学生風の女を指し、今はイタリア人の金持ちの娘だというフィデリカのアパートに居候しているのだと説明します。

ミサは28歳。岡田よりも8歳年下の女性です。東京のIT企業でウェブデザイナーをしていたのですが、震災後1年が過ぎた頃に会社を辞め、以来、ヨーロッパ各地を転々としているのだといいます。

話す内、二人はどこかしら惹かれ合うものを感じ始めます。ミサが半年もの間「放浪の旅」をしていると聞き、「自分が今、どこにいるのか、ちゃんとわかってますか? 」と岡田が訊くと、ミサは真顔になり、「日本に連れて帰ってくれます、わたしを? 」と返します。

「明日、ヘルシンキ経由で帰ります。もしそのつもりがあるなら、同じ飛行機で。」岡田がそう言うとミサは無言で一度だけ小さく頷き、時間を確認すると、二人でどこかに食事に行きたいと岡田を誘います。

その時、フィデリカだけがテーブルに来て、岡田に挨拶をします。これから知人の家でパーティーがあるから、ミサと一緒に来てほしいと誘います。最初ミサは首を横に振るのですが、フィデリカの怒ったような声に仕方ない様子で、岡田に向かい、予定がないならつきあってほしいと言います。
・・・・・・・・・
監禁された者たちが、彼(館の主人で、そこにいる見物人の中で唯一仮面をつけずに素顔でいる人物)に命じられているのは、たった一つのことだった。- ここで、見物人たちの目の前で、愛し合え、と。

二人を除く全員が、あらゆる恥辱に耐えた後、ようやく岡田とミサに声がかかります。館の主人が直々に下した命令は、二人だけで、「日本的に」愛し合うようにというものでした。

恋人同士と見なされていた彼らに課されたその行為は、不公平なほど容易で、ほとんど試練とさえ言えないほどのものでした。それは、ちょっとした、デザートのような甘い見せ物で、終いには、見物人の誰かから「早くしろ! 」と罵声まで飛びます。

ミサは、岡田の手を引いて濃紺の絨毯まで歩くと、見物人たちを見返してから、そっと彼にキスをします。が - まるで無反応な岡田の体に、

ミサは、彼を優しく宥めるように、胸や頬に手で触れ、微笑みかけます。岡田は、ただ彼女だけに集中しようとします。最初に見かけた姿を思い浮かべ、一緒に帰国する約束を交わした時のことを思い出します。

これはただ、その先にあったはずの行為ではないのか。上になって覆い被さった。胸に頭を掻き抱かれて、深くその匂いを嗅いだ。やがて先端が触れ、ゆっくりと包み込まれていった。
・・・・・・・・・
平野啓一郎は、帯に「幾人かの、愛を求めて孤独に彷徨う人々の姿が、私の心を捕らえた。そして、私たちが図らずも出会い、心ならずも別れることとなる、この「透明な迷宮」を想像した」というコメントを載せています。

岡田とミサが「図らずも出会う」場面の一端を紹介しました。このあと、二人は「心ならずも別れること」となります。その「心ならずも」の原因は何なのか? 読むと、えらくエロい話にも感じられます。

 

この本を読んでみてください係数  80/100


透明な迷宮 (新潮文庫)

◆平野 啓一郎
1975年愛知県生まれ。
京都大学法学部卒業。

作品 「日蝕」「葬送」「滴り落ちる時計たちの波紋」「決裂」「ドーン」「空白を満たしなさい」「マチネの終わりに」他多数

関連記事

『トワイライトシャッフル』(乙川優三郎)_書評という名の読書感想文

『トワイライトシャッフル』乙川 優三郎 新潮文庫 2017年1月1日発行 トワイライト・シャッ

記事を読む

『優しくって少しばか』(原田宗典)_書評という名の読書感想文

『優しくって少しばか』原田 宗典 1986年9月10日第一刷 優しくって少しばか (集英社文庫

記事を読む

『ミスター・グッド・ドクターをさがして』(東山彰良)_書評という名の読書感想文

『ミスター・グッド・ドクターをさがして』東山 彰良 幻冬舎文庫 2014年10月10日初版 ミ

記事を読む

『僕が殺した人と僕を殺した人』(東山彰良)_書評という名の読書感想文

『僕が殺した人と僕を殺した人』東山 彰良 文藝春秋 2017年5月10日第一刷 僕が殺した人と

記事を読む

『ちょっと今から仕事やめてくる』(北川恵海)_書評という名の読書感想文

『ちょっと今から仕事やめてくる』北川 恵海 メディアワークス文庫 2015年2月25日初版 ちょ

記事を読む

『断片的なものの社会学』(岸政彦)_書評という名の読書感想文

『断片的なものの社会学』岸 政彦 朝日出版社 2015年6月10日初版 断片的なものの社会学

記事を読む

『つむじ風食堂の夜』(吉田篤弘)_書評という名の読書感想文

『つむじ風食堂の夜』吉田 篤弘 ちくま文庫 2005年11月10日第一刷 つむじ風食堂の夜 (

記事を読む

『誘拐』(本田靖春)_書評という名の読書感想文

『誘拐』本田 靖春 ちくま文庫 2005年10月10日第一刷 誘拐 (ちくま文庫) 東京オリ

記事を読む

『たった、それだけ』(宮下奈都)_書評という名の読書感想文

『たった、それだけ』宮下 奈都 双葉文庫 2017年1月15日第一刷 たった、それだけ (双葉

記事を読む

『爪と目』(藤野可織)_書評という名の読書感想文

『爪と目』藤野 可織 新潮文庫 2016年1月1日発行 爪と目 (新潮文庫)  

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『ある女の証明』(まさきとしか)_まさきとしかのこれが読みたかった!

『ある女の証明』まさき としか 幻冬舎文庫 2019年10月10日初

『悪徳の輪舞曲(ロンド)』(中山七里)_シリーズ最高傑作を見逃すな!

『悪徳の輪舞曲(ロンド)』中山 七里 講談社文庫 2019年11月1

『小説 シライサン』(乙一)_目隠村の死者は甦る

『小説 シライサン』乙一 角川文庫 2019年11月25日初版

『熊金家のひとり娘』(まさきとしか)_生きるか死ぬか。嫌な男に抱かれるか。

『熊金家のひとり娘』まさき としか 幻冬舎文庫 2019年4月10日

『魔女は甦る』(中山七里)_そして、誰も救われない。

『魔女は甦る』中山 七里 幻冬舎文庫 2018年7月25日5版

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑