『罪の声』(塩田武士)_書評という名の読書感想文

『罪の声』塩田 武士 講談社 2016年8月1日第一刷


罪の声

多くの謎を残したまま未解決となった「グリコ・森永事件」の第一幕は社長の誘拐から始まった。会社施設への放火、菓子に毒物を混入し企業を脅迫。身代金取引の電話では子供の声が使われ「かい人21面相」などと名乗った挑戦状が送りつけられるという陰湿な事件だった。
『罪の声』はこの事件をモデルにしたフィクションである。事件から三十一年後に企画された新聞社の取材に駆り出されたのはなんと「文化部」の記者。読者はその目を通して犯人像に迫っていくことになる。

もうひとりの主役は「身代金取引の声」が幼少期の自分の声であることに気づいた男性だ。二人は独自に事件を調べ続け、その交点に真相が浮上してくる。パズルを組み立てるように調査は続き記者はついに犯人の一人に到達。事件の全貌を世に放つ - 。(以下省略/アマゾン商品説明より)

これは、自分の声だ。

京都でテーラーを営む曽根俊也は、ある日父の遺品の中からカセットテープと黒革のノートを見つける。ノートには英文に混じって製菓メーカーの「ギンガ」と「萬堂」の文字。テープを再生すると、自分の幼いころの声が聞こえてくる。それは、31年前に発生して未解決のままの「ギン萬事件」で恐喝に使われた録音テープの音声とまったく同じものだった - 。

ギンガは、江崎グリコ。萬堂製菓は、森永製菓。この物語でいう「ギン萬事件」とは、1984年(昭和59年)から続く85年(昭和60年)、阪神地方を舞台に、名だたる食品会社を標的にした一連の脅迫事件「グリコ・森永事件」を言い換えたものです。

犯人が「かい人21面相」と名乗ったことで「かい人21面相事件」などとも呼ばれ、世間を騒がせます。警察庁広域重要指定114号事件として多くの捜査員が投入され、多大な時間が費やされます。しかし、(あと一歩というところまで犯人を追い詰めるも)

2000年(平成12年)2月、愛知県で発生した青酸入り菓子ばら撒き事件の殺人未遂罪が時効を迎え、全ての事件の公訴時効が成立し、警察庁広域重要指定事件では初の未解決事件となります。この小説はいわばその後日談、ということになります。

事件発生から31年という長い歳月を経て、未解決であるがゆえ、今なおこの事件に囚われ、もがき苦しんでいる者たちがいます。

たとえばそれは首謀者であったり、犯罪に加担した当事者のごく近しい人物かもしれません。「キツネ目の男」であったり、裸のままの江崎社長を誘拐した犯人の中の一人かもしれません。仕手株を操作する人物であったり、産廃業者なのかも。

そして、それとは別に、否応なく犯行に組み入れられた、そうとは知らず「物的証拠」の当人に仕立てられたある者たちがいます。脅迫に使うための「声」となった「子供たち」は、たまたまそこにいた「家族」だという理由で、大きな十字架を背負うことになります。

未解決事件の闇には、犯人も、その家族も存在する。ということ。

家族に時効はない。今を生きる「子供たち」に昭和最大の未解決事件「グリ森」は影を落とす。(帯文)- 『罪の声』とは、子供たちの「声」のことです。彼らが背負う十字架が如何に重たく、逃れ難いものなのか。この物語には、それが描かれています。

※「きょうとへむかって、いちごうせんを・・・・・・にきろ、ばーすーてーい、じょーなんぐうの、べんちの、こしかけの、うら」- これが曽根俊也の声で録音された文章。「じょーなんぐう」は、京都伏見の城南宮のことです。

一方、【けいさつの あほども え】から始まり【つこうた 車は グレーや】などとヒントを出しながら、警察を揶揄するような挑戦状が、事ある毎に送られて来ます。他に、

ギンガ(グリコ)の せい品に せいさんソーダ いれた
会長 社長は さろてきて 生きたまま えんさんの ふろに つけて 殺したる
しょくよくの 秋や かしが うまいで かしやったら なんとゆうても 萬堂(森永)やで わしらが とくべつに あじ つけたった 青さんソーダの あじついて すこし からくちや】等々 -

店舗に並ぶ商品からは本物の青酸ソーダが検出され、一時消費者はパニックに陥ります。そして極め付けが「新春けいさつかるた」と称する川柳。一向に成果が上がらない捜査を揶揄し、
いいわけは まかしといてと 一課長
からすにも あほうあほうと ばかにされ
すきなんや わしらけいさつ すきやんや】などと言いたい放題。そしてそのどれものあとに、(差出人は)「くら魔天狗(かい人21面相)」と添えてあります。

 

この本を読んでみてください係数 85/100


罪の声

◆塩田 武士
1979年兵庫県生まれ。
関西学院大学社会学部卒業。

作品 「盤上のアルファ」「女神のタクト」「ともにがんばりましょう」「崩壊」「盤上に散る」「雪の香り」「氷の仮面」「拳に聞け! 」など

関連記事

『夜葬』(最東対地)_書評という名の読書感想文

『夜葬』最東 対地 角川ホラー文庫 2016年10月25日初版 夜葬 (角川ホラー文庫) あ

記事を読む

『ドアの向こうに』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『ドアの向こうに』黒川 博行 創元推理文庫 2004年7月23日初版 ドアの向こうに (創元推

記事を読む

『父と私の桜尾通り商店街』(今村夏子)_書評という名の読書感想文

『父と私の桜尾通り商店街』今村 夏子 角川書店 2019年2月22日初版 父と私の桜尾通り商

記事を読む

『逃亡者』(中村文則)_山峰健次という男。その存在の意味

『逃亡者』中村 文則 幻冬舎 2020年4月15日第1刷 逃亡者 「一週間後、君が生き

記事を読む

『抱く女』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『抱く女』桐野 夏生 新潮文庫 2018年9月1日発行 抱く女 (新潮文庫) 女は男の従属物

記事を読む

『四十回のまばたき』(重松清)_書評という名の読書感想文

『四十回のまばたき』重松 清 幻冬舎文庫 2018年7月25日18版 四十回のまばたき (幻冬

記事を読む

『ホテルローヤル』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『ホテルローヤル』桜木 紫乃 集英社 2013年1月10日第一刷 ホテルローヤル &nb

記事を読む

『トリップ』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『トリップ』角田 光代 光文社文庫 2007年2月20日初版 トリップ (光文社文庫) 普通

記事を読む

『舎人の部屋』(花村萬月)_書評という名の読書感想文

『舎人の部屋』花村 萬月 双葉文庫 2018年1月14日第一刷 舎人の部屋 (双葉文庫) 過

記事を読む

『寝ても覚めても』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『寝ても覚めても』柴崎 友香 河出文庫 2014年5月20日初版 寝ても覚めても (河出文庫)

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『ペインレス あなたの愛を殺して 下』(天童荒太)_書評という名の読書感想文

『ペインレス あなたの愛を殺して 下』天童 荒太 新潮文庫 2021

『おもかげ』(浅田次郎)_書評という名の読書感想文

『おもかげ』浅田 次郎 講談社文庫 2021年2月17日第4刷発行

『ぼくがきみを殺すまで』(あさのあつこ)_書評という名の読書感想文

『ぼくがきみを殺すまで』あさの あつこ 朝日文庫 2021年3月30

『52ヘルツのクジラたち』(町田そのこ)_書評という名の読書感想文

『52ヘルツのクジラたち』町田 そのこ 中央公論新社 2021年4月

『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』(町田そのこ)_書評という名の読書感想文

『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』町田 そのこ 新潮文庫 2021年

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑