『谷崎潤一郎犯罪小説集』(谷崎潤一郎)_書評という名の読書感想文

『谷崎潤一郎犯罪小説集』谷崎 潤一郎 集英社文庫 2007年12月20日第一刷


谷崎潤一郎犯罪小説集 (集英社文庫 た 28-2)

 

表紙には、艶やかなリンゴ飴を口にした、物憂げで、何かもの言いたげな少女の姿が描かれています。見れば、谷崎潤一郎が書いた犯罪小説集とあります。他の作家ならともかくも、かの文豪・谷崎潤一郎が書いた犯罪小説とは、聞いたことも見たこともありません。

文庫の裏には、こんな解説があります。

〈仏陀の死せる夜、デイアナの死する時、ネプチューンの北に一片の鱗あり・・・。〉偶然手にした不思議な暗号文を解読した園村。そこに記された殺人事件が必ず起こると、彼は友人・高橋に断言する。そして、その現場に立ち会おうと誘うのだが・・・。懐かしき大正時代の東京を舞台に、禍々しき精神の歪みを描き出した「白昼鬼語」など、日本における犯罪小説の原点となった、知る人ぞ知る秀作4編を収録。

収録されているのは、「柳湯の事件」「途上」「私」と題された30ページ前後の短い作品が3つと、「白昼鬼語」という100ページ程の作品がひとつ。表記は現代かなづかいに変えられており、思った以上に読みやすいものになっています。

かつて(私にとってははるか昔、30年以上も前のことです)、江戸川乱歩の小説を貪るように読んでいたことがあります。高校生になったばかりの頃のことです。大学生になるまで、私は勉強もせずに推理小説ばかり読んでいました。

もっぱら読むのは乱歩の小説で、横溝正史の『獄門島』や『犬神家の一族』、『悪魔の手毬唄』などは映画で観ました(当時、とてもヒットしていたのです)。禍々しくて、オドロオドロしていてほんの少しエロくもある、〈この手の話〉が私はとても好きでした。

世に言うところの正統派ミステリーや社会派ミステリーが嫌いなわけではありません。ただ、何が一番かと訊ねられたら、私は迷うことなく〈乱歩派〉だと答えます。

真っ当な人間がやむにやまれぬ事情で犯す犯罪よりも、元々の性格破綻者が、ただそうしたいという自分勝手な願望だけに突き動かされた揚句に仕出かすような、幾分狂気の孕んだ犯罪の方により惹かれてしまいます。

ちょっとアブなそうな人物がやらかす、ちょっとどころではないアブノーマルな事件 - 一見真面目で目立ちもしない男が、あるいは女が、実は思いもよらぬ殺人狂であったり、色情狂であるような場合。純情無垢な幼な子が、ある日悪魔に魂を売り渡し、怨みに思う大人たちを次から次へと奈落の底へ引きずり込んでいく・・・、そんな話であったり。

ごくありふれた日常のさなかで起こる、しかしその実態はあまりに非日常的に過ぎる、暴力的で、見境のない、果てしない欲望が剥き出しになって晒される世界、そんな、およそ自分には縁遠い世界が描かれた話が大好きなのです。
・・・・・・・・・・
渡部直己氏の解説を読むにつけ、青年期の江戸川乱歩にとって、谷崎潤一郎という作家は誰よりも刺激的な作家であったようです。

ポーの小説のもつデカダンスと、謎めいた犯罪にまといつく芳醇な官能性とを摂取し、この〈悪と美〉の退嬰的な結びつきのうちに、独自のマゾヒズムを絡めとろうとしていた谷崎である。ポーに心酔していた乱歩がこの作家を見逃すはずもない。(解説より)

官能、悪と美、退嬰的・・・、後はどうでしょう、耽美性、などという言葉を並べてみたら、おおよそどんな小説かが想像していただけると思います。

『痴人の愛』とか『細雪』といった大作を今さら読めと言われたら躊躇もするでしょう。が、これなら大丈夫です。それと、言えば姑息なことですが、日本の文豪、いや、ひとつ違えばノーベル賞作家たり得た世界的文豪の小説を、とにもかくにも一冊は読んだことになるではないですか。

 

この本を読んでみてください係数 80/100


谷崎潤一郎犯罪小説集 (集英社文庫 た 28-2)

◆谷崎 潤一郎
1886年東京日本橋生まれ。1965年7月30日、逝去。享年、79歳。
東京帝国大学国文科中退。

作品「痴人の愛」「春琴抄」「細雪」他多数

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