『うさぎパン』(瀧羽麻子)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/13
『うさぎパン』(瀧羽麻子), 作家別(た行), 書評(あ行), 瀧羽麻子
『うさぎパン』瀧羽 麻子 幻冬舎文庫 2011年2月10日初版
まずは、ざっとしたあらすじを。
主人公の優子は、私立の女子中学から外部受験で男女共学の高校へ進学したばかりの女の子です。彼女は幼い頃に母を亡くし、商社マンの父は単身で海外へ赴任しています。優子は現在、義母のミドリさん(彼女は義母をミドリさんと名前で呼んでいます)と暮らしており、二人は極めて良好な関係を築いています。
そこへやって来るのが、家庭教師の美和ちゃんという女性。彼女は大学院で物理学を専攻している才女です。二人は気が合い、すぐに打ち解けて、勉強だけでなく次第にプライベートな話もするような親しい間柄になっていきます。
優子には、富田くんというちょっと気になる男子がいます。入学時の自己紹介がきっかけでお互いがパン好きだということが分かると、二人して放課後にパン屋めぐりなどをするようになります。優子には、それが楽しくて仕方ありません。
誰かに富田くんのことが言いたくてうずうずしているのですが、いくら仲がいいとは言え、さすがに義母のミドリさんに話すのはどうかと思っています。そういうことからしても、優子にとって美和ちゃんはとっておきの話し相手でした。
やがて夏休みも終わり、優子は美和ちゃんの恋人の村上さんという男性とも知り合うことになり、富田くんを含めた4人で遊園地へダブルデートに出かけたりします。些細なことで優子と富田くんは喧嘩をするのですが、それも互いが好きだからこそのことで、いつしか二人は仲直りして、今更ながらに付き合うことを告白し合ったりするのでした。
と、ここまでは言うなればお嬢様学校育ちの女子高生の、何ともほんわかした恋のお話です。読んでいると、優子や富田くんがかなり勉強のできる学生であることが分ってきますし、家庭教師の美和ちゃんは大学院生で、その恋人の村上くんは美和ちゃんが通う大学の教授になろうとしているような人物で、
おまけに言うと、優子の父親は海外で働くエリートサラリーマン。みんな優秀で、経済的にも余裕があり、下卑たところが微塵もありません。
うーん・・・・・・・、なんだかなあ。これってちょっと、「できすぎ感」 ありはしませんか!? という話。そう思うのは、私だけでしょうか?
何でしたっけ、「ダ・ヴィンチ文学賞」 なるものの大賞を受賞しているような作品なので、あからさまに貶すのもどうかとは思うのですが、〈できる人物〉と〈恵まれた環境〉の中で語られる 〈ほんわかとした恋の話〉が、そんなにいいのでしょうか?
実はこのあと、美和ちゃんと出会ったことで、優子はもう一人のある人物と 「出会ってしまう」 ことになります。それこそがこの小説の肝で、ちょっと現実的ではないような話なのですが、その出会いが優子を一回り大きく成長させるというか、大人への階段を登るきっかけとなるわけです。
それが何かを具体的に書く訳にはいきませんが、少なくとも著者の瀧羽麻子はそれで小説の色合いががらりと変わると信じて書いたのだと思います。それは分かるし、上手く書けているとも思います。
にもかかわらず、私はこの本のことを諸手を挙げて褒めたいとは思えません。手前勝手なことですが、褒めるにはいいことばかりが多すぎて、その上褒めてどうするの - と。
いつもなら、おそらく見向きもしないのに、たまたま貰ったお菓子を食べたら甘すぎて、ひどく後悔したときのような読後感。要は、いい歳をしたオッサンが手に取るべき本ではなかったということ。それに尽きます。著者には何の責任もありません。
この本を読んでみてください係数 75/100
◆瀧羽 麻子
1981年兵庫県芦屋市生まれ。
京都大学経済学部卒業。
作品 「株式会社ネバーラ北関東支社」「白雪堂」「左京区七夕通り東入ル」「はれのち、ブーケ」「ふたり姉妹」他
関連記事
-
『孤独論/逃げよ、生きよ』(田中慎弥)_書評という名の読書感想文
『孤独論/逃げよ、生きよ』田中 慎弥 徳間書店 2017年2月28日初版 作家デビューまで貫き通し
-
『秋山善吉工務店』(中山七里)_書評という名の読書感想文
『秋山善吉工務店』中山 七里 光文社文庫 2019年8月20日初版 父・秋山史親を
-
『諦めない女』(桂望実)_書評という名の読書感想文
『諦めない女』桂 望実 光文社文庫 2020年10月20日初版 失踪した六歳の少女
-
『あとかた』(千早茜)_書評という名の読書感想文
『あとかた』千早 茜 新潮文庫 2016年2月1日発行 実体がないような男との、演技めいた快楽
-
『浮遊霊ブラジル』(津村記久子)_書評という名の読書感想文
『浮遊霊ブラジル』津村 記久子 文芸春秋 2016年10月20日第一刷 「給水塔と亀」(2013
-
『雨に殺せば』(黒川博行)_書評という名の読書感想文
『雨に殺せば』黒川 博行 文芸春秋 1985年6月15日第一刷 今から30年前、第2回サント
-
『兄の終い』(村井理子)_書評という名の読書感想文
『兄の終い』村井 理子 CCCメディアハウス 2020年6月11日初版第5刷 最近読
-
『スリーパー/浸透工作員 警視庁公安部外事二課 ソトニ』(竹内明)_書評という名の読書感想文
『スリーパー/浸透工作員 警視庁公安部外事二課 ソトニ』竹内 明 講談社 2017年9月26日第一刷
-
『桜の首飾り』(千早茜)_書評という名の読書感想文
『桜の首飾り』千早 茜 実業之日本社文庫 2015年2月15日初版 あたたかい桜、冷たく微笑む
-
『義弟 (おとうと)』(永井するみ)_書評という名の読書感想文
『義弟 (おとうと)』永井 するみ 集英社文庫 2019年5月25日第1刷 克己と