『叩く』(高橋弘希)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/05
『叩く』(高橋弘希), 作家別(た行), 書評(た行), 高橋弘希
『叩く』高橋 弘希 新潮社 2023年6月30日発行
芥川賞作家が贈る 「不穏な人生」 最新コレクション 闇バイトで押し入った家にとり残された男 - 俺の人生こんなことばっかり! 「おまえはいったい、おまえの人生をどうしたいんだ」 俺だけ損するだろこの展開!
易きに流れて人生に行き詰まり、闇バイトに手を染めた若者。押し入った不動産業者の家で老婆を縛り上げ、まんまと金を奪ったのだが - 目が覚めると彼を誘った男は金と共に姿を消していた。しかも覆面は外され、老婆に目撃される。不遇な過去を振り切るように、若者は包丁を手に老婆に近づく - 表題作の他、訳も分からず妻に去られた夫や、海に消えた父を待つ娘など、様々な 「隣の人生」 を収める作品集。(新潮社/いずれも 「新潮」 に掲載 「家」から改題)
[目次]
・叩く
・アジサイ
・風力発電所
・埋立地
・海がふくれて
なぜか気になる作家の一人、高橋弘希の新刊 『叩く』 を読みました。「指の骨」 「送り火」 「日曜日の人々/サンデー・ピープル」 と、三冊読んでしばらく間が空いたのですが - まだまだ若い、そんな感じがします。この人に、私はえらく親近感を抱いています。
ミステリ小説ではあっさり人が殺されるが、殺人は動機があれば起こるわけではない。人間を刺し殺す、あるいは叩き殺すという行為はやはり異常である。佐藤は良心について 「くそくらえ」 と言う割には思い悩む。自分がどこにいるか、何をしたか、自分が何者か。垂れ流される佐藤の思考を辿ると、なんのことはない、「普通」 の若者の姿が浮かびあがる。人生がうまくいかず、人のせいにして、責任を取らない。甘い話にと飛びつき、安易な道に逃げ込む。誰にでも思い当たる節があるはずだ。作者が 「この若者はあなたかもしれない」 と指を突きつけてくる。(佐藤厚志/新潮社)
「アジサイ」 の田村は妻に出ていかれるのですが、その理由がさっぱりわかりません。「風力発電所」 の 「私」 は風力発電機を見に青森県六ケ所村を訪ねます。そこで発見したのは、風車機の根元に散らばる大量の鳥の羽と腐臭を放つ臓物でした。「埋立地」 は、ある日四人の少年が開発現場で謎の横穴を見つける、というもの。横穴の上部にはなぜか 「土」 という字がスプレーされています。
中で私は 「海がふくれて」 が好きで、これは東日本大震災で父が行方不明になったまま地元で暮らす娘の琴子の話。父が生きて帰ると信じ、琴子は硝子瓶に入れた父への手紙を海に投げ入れるのでした。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆高橋 弘希
1979年青森県十和田市生まれ。文教大学文学部卒業。
作品 「指の骨」「朝顔の日」「スイミングスクール」「送り火」「日曜日の人々/サンデー・ピープル」他
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