『ニューカルマ』(新庄耕)_書評という名の読書感想文

『ニューカルマ』新庄 耕 集英社文庫 2019年1月25日第一刷

ニューカルマ (集英社文庫)

電機メーカーの関連会社に勤めるユウキのもとに、大学時代の同級生・シュンから電話が入る場面で物語は幕を開ける。ネットワークビジネスの勧誘だ。まったく興味を持てずに放っておいたが、なりゆきで一度だけ説明会に参加することに。その場でもまだいかがわしさを感じていたものの、次第に会場の熱気と成功者である幹部の自信に引き込まれていく。いつしかネットワークビジネスにはまり込んでしまったユウキ。だがそのせいで、会社でも故郷でも孤立することに・・・・・・・。
はじめはネットワークビジネスに否定的だったユウキが、なぜ自らその中に入っていったのか。そしてなぜ、あっという間にはまり込んでしまったのか。その過程を赤裸々に描くとともに、その先でユウキを待つ意外な運命に読者も一緒に翻弄されることになる。

ネットワークビジネスとは・・・・・・・ある商品 (本書なら化粧品やサプリメント) の購入者が販売員となり、別の人物に商品を購入するように勧める。さらにその人がまた次の・・・・・・・というふうにピラミッド型の販売形態ができ、自分の下流で売り上げが出るとポイント換算などにより上位者にもその一部が支払われるというシステム。ネットワークビジネスの他にマルチレベルマーケティング(MLM)という言い方もあり、ここからマルチ商法という呼び方が生まれた。商法の用語では連鎖販売取引、という。(解説より)

ネットワークビジネスとは似て非なるものに 「ネズミ講」 があります。二つはよく混同されるのですが、ネズミ講が法律で禁止されているのに対し、ネットワークビジネス(=マルチ商法)は、さまざまな規制や制約はあるものの、それらを守っている限りにおいては違法ではありません。禁止されているわけではないのです。

なのに - 、なぜか胡散臭く感じてしまうのは、うまい話に乗せられて、いかがわしいものに関わってしまうのではないかと不安になるのは、何が原因なのでしょう? 

昔々私は、 「ネズミ講」 の仲間にならないか、と誘われたことがあります。

小学校で児童会長だったひとつ年上のSさんは、当時私が最も尊敬し、あんな人になりたいと憧れた人でした。遠目に見るだけで、近づくことさえできません。その頃のひとつ違いはとても大きくて、別の世界にいる人のようでした。

そのSさんから突然家に電話が掛かってきたのは、中学・高校と顔を合わすこともなくなり、Sさんという人がいたことさえ忘れかけていた頃のことです。一浪の末ようやく目指す大学に合格し、一年程ほどが経った日のことでした。

要件は何も言わずに、Sさんはとにもかくにも家に行っていいかと言います。何のことはさっぱりわかりません。わからぬままに、無下にもできず承知すると、しばらくしてSさんは私の中学時代の同級生・Tを伴ってやって来たのでした。

ご機嫌伺いの挨拶もそこそこに、さも親し気にSさんは、私に対し、「Y君、君にはしたいことがあるだろう? 何かきっとあるはずだ。けれどそれには元手が要る。金儲けをしたいとは思わないか? 」

その時Sさんが上着の裏のポケットから徐(おもむろ)に引き出して見せたのは、真新しい1万円札の束でした。わざわざ広げてみせて、「これぐらいならすぐに君にも手に入る」 と言ったのでした。

同級生のTは何も言いません。Sさんの話す様子に調子を合わせ、頷いたり、薄く微笑んだりを繰り返しています。表向き友好な関係を維持しつつ、執拗な勧誘は二時間にも及んだのでした。

むろん私は断りました。その時の正直な私の感想を言うと、ああホントにこんな事があるんだ、身近にこんな人がいたんだという、実に素っ気ないものでした。彼らがいうところの現金が用意できるはずもなく、もとよりそれはあまりに唐突だったからです。

これが当時世間を騒がせたネズミ講 「天下一家の会」 と私が関わった、たった一度の体験です。

天下一家の会とは、人類としての真理と生命を知り、相互扶助の精神に則り人間性豊かな社会人を作り、ひいては世界平和に貢献する - という大層立派な理念を掲げたものでした。ところが実際は “現ナマ” による無限連鎖講、いわゆる 「ネズミ講」 を巧みに利用した金儲けが目的の組織で、告発され、結局最後は破産宣告を受けることになります。

Tは、今どこで何をしているのでしょう。当時関西の有名私立大学の学生だったSさんは、卒業後地元市役所の職員となり、総務部長にまで昇り詰め、定年後の今は市会議員として活躍しています。二人にとってあれは何だったのでしょう。何を学んだのでしょうか。

この小説そのままに、それはある日突然に、不意にやって来ます。かつての友人や知人を伝手に、如何にも断り辛い空気を醸しつつ、執拗に、しかしあくまで友好的に、親しい仲だからこそ特別に・・・・・・・とでも言いた気に。

この本を読んでみてください係数  85/100

ニューカルマ (集英社文庫)

◆渡辺 優
1983年京都府京都市生まれ。
慶応義塾大学環境情報学部卒業。

作品 「狭小邸宅」「カトク 過重労働撲滅特別対策班」「サーラレーオ」「地面師たち」など

関連記事

『涙のような雨が降る』(赤川次郎)_書評という名の読書感想文

『涙のような雨が降る』赤川 次郎 双葉文庫 2018年4月15日第一刷 涙のような雨が降る (

記事を読む

『泥濘』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『泥濘』黒川 博行 文藝春秋 2018年6月30日第一刷 泥濘 疫病神シリーズ 「待たんかい

記事を読む

『さよなら、田中さん』(鈴木るりか)_書評という名の読書感想文

『さよなら、田中さん』鈴木 るりか 小学館 2017年10月17日初版 さよなら、田中さん

記事を読む

『また次の春へ』(重松清)_書評という名の読書感想文

『また次の春へ』重松 清 文春文庫 2016年3月10日第一刷 また次の春へ (文春文庫)

記事を読む

『夏目家順路』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『夏目家順路』朝倉 かすみ 文春文庫 2013年4月10日第一刷 夏目家順路  

記事を読む

『ゼツメツ少年』(重松清)_書評という名の読書感想文

『ゼツメツ少年』重松 清 新潮文庫 2016年7月1日発行 ゼツメツ少年 (新潮文庫)

記事を読む

『永遠の1/2 』(佐藤正午)_書評という名の読書感想文

『永遠の1/2 』佐藤 正午 小学館文庫 2016年10月11日初版 永遠の1/2 (小学館文

記事を読む

『雪の断章』(佐々木丸美)_書評という名の読書感想文

『雪の断章』佐々木 丸美 創元推理文庫 2008年12月26日初版 雪の断章 (創元推理文庫)

記事を読む

『愛なんて嘘』(白石一文)_書評という名の読書感想文

『愛なんて嘘』白石 一文 新潮文庫 2017年9月1日発行 愛なんて嘘 (新潮文庫) 結婚や

記事を読む

『二千七百の夏と冬』(上下)(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『二千七百の夏と冬』(上下)荻原 浩 双葉文庫 2017年6月18日第一刷 二千七百の夏と冬(

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『かか』(宇佐見りん)_書評という名の読書感想文

『かか』宇佐見 りん 河出書房新社 2019年11月30日初版

『希望病棟』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『希望病棟』垣谷 美雨 小学館文庫 2020年11月11日初版

『JR上野駅公園口』(柳美里)_書評という名の読書感想文

『JR上野駅公園口』柳 美里 河出文庫 2017年2月20日初版

『裏アカ』(大石圭)_書評という名の読書感想文

『裏アカ』大石 圭 徳間文庫 2020年5月15日初刷 裏アカ

『鵜頭川村事件』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『鵜頭川村事件』櫛木 理宇 文春文庫 2020年11月10日第1刷

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑