『滅茶苦茶』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『滅茶苦茶』染井 為人 講談社 2023年5月8日第1刷発行

こんな目にはあいたくない、小説以外では・・・・・・・ 最悪だ、もう逃げ場がない。

仕事はそこそこ順調、東京でシングルライフを謳歌する三十代女性が始めた不穏な恋愛。下校中、不良に堕ちた級友に再会した、とある北関東の高校生。老朽化したラブホテルを継ぐが経営不振に陥った静岡県在住の中年男。
刹那な現代をサバイブしながら孤独を胸底に抱える者たちの欲望に駆られた出会いは、彼らをまっさかさまに谷底に突き落とす。(講談社)

三人は三人が共に普通の人で、各々事情があるにはありますが、それが目立って特別なわけではありません。そんな彼らが、ふとしたきっかけで、思いもしない厄災に見舞われることになります。最悪なのは、立ち直ろうと足掻けば足掻くほどに深間に嵌まり、追い詰められて逃げ場がなくなってしまうことです。踏んだり蹴ったりの末、果たして彼らはどんな結末を迎えるのでしょう。(以下は本文より抜粋しています)

2020年7月21日 今井美世子

大学時代の女友達たちはみな、お堅い企業に就職しており、聞く限り仕事内容も地味なものだった。彼女らは会するたびにつまらない と一様に愚痴をこぼしていた。そんなとき美世子は少しだけ優越感を味わうことが出来た。
勝ち組とはいわないまでも、少なくとも自分は刺激的で華のある仕事をさせてもらえている。なにより、友人たちの会社とちがい、美世子の会社には男女平等な社風があった。男の中に混じっても浮くことなく、すべては能力と結果で評価をされる。裏を返せば女だからという理由だけで優遇されることもなく、過酷な仕事を割り振られることもあったが、美世子は持ち前の明るさと根性で乗り越えてきた。おかげで現在はメディア・コンテンツ事業部のチーフディレクターの肩書を与えてもらっていた。
そう、仕事は順調だった。自分の胸にはキャリアウーマンのバッジがあると美世子は自負していた。

2020年5月21日 二宮礼央

小、中学校時代、学業において礼央にライバルはいなかった。周りから天才だ秀才だと言われていたし、礼央もまんざらではなかった。猿でも解けるような易しい問題に悩む同級生たちを見て理解に苦しんだし、憐れむような気持ちさえ抱いた。
ゆえに県内で一番の進学校に進むのは既定路線だった。だが入学してみてわかったのは自分が井の中の蛙だったという残酷な現実だった。


これでも一年生の一年間は必死で勉強し、周りに食らいついていた。だが、二年生に進級し、張り詰めていた糸が切れてしまった。途端に意欲を失ってしまった。
なぜ突然そうなってしまったのか、その理由は自分でもよくわからない。その時期に身の回りで特筆すべき何かがあったわけではないのだ。しいていえばコロナが蔓延した結果、高校の授業がリモートになったことくらいだろうか。これはこれで大きな環境の変化ともいえるが、コロナは自分だけに限った話ではないのでなんともいえない。
ただ一つ、自宅学習になって礼央は気づいたことがある。それは、自分はこれまでこんなにも息苦しい思いをしていたんだということ。明日も明後日も家にいられると思うと安心出来るし、安眠出来る。

2020年6月11日 戸村茂一

激しく左右に振れるワイパーがしきりに雨水を弾き飛ばしている。
関東は本日が梅雨入りで、ここ静岡県沼津市も夜明け前から降り出した雨が引きも切らず街を濡らしていた。フロントガラスから見渡せる空はグレー一色で、それは市民の心模様を転写させたかのようだ。
先の信号が赤に変わり、戸村茂一は
ああ、ちくしょう と嘆いてハンドルを叩いた。
本当に腐れ畜生だ。何が美しい国ニッポンだ。この国は人にあらずだ。
信号が青に変わると同時に茂一はアクセルを強く踏み込んだ。五年落ちのホンダ・ヴェゼルがウオンと低く吠える。

ガソリンくらいタダにしやがれ
再び、独り言を吐いた。
ここ最近、茂一は常に独りでしゃべっていた。いつだって誰かに訴えていた。助けてくれ、と。

そんな、美世子がマッチングアプリに手を出したのは、礼央が不良になった幼なじみの仲間になったのは、茂一が持続化給付金の不正受給に手を染めたのは - 、

ふとした思いつき、ほんの偶然、ささやかなる “意趣返し” のつもりではあったのですが、三人は三様に、その後、それはそれはひどい目に遭うことになります。すべてはコロナのせい・・・・・・・かどうかはわかりません。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆染井 為人
1983年千葉県生まれ。

作品 「悪い夏」「正体」「正義の申し子」「震える天秤」「海神」「鎮魂」等

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