『モルヒネ』(安達千夏)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2018/07/04 『モルヒネ』(安達千夏), 作家別(あ行), 安達千夏, 書評(ま行)

『モルヒネ』安達 千夏 祥伝社文庫 2006年7月30日第一刷

モルヒネ (祥伝社文庫)

 

在宅医療の医師・藤原真紀の前に、元恋人の倉橋克秀が7年ぶりに現れた。ピアニストとして海外留学するため姿を消した彼がなぜ? 真紀には婚約者がいたが、かつて心の傷を唯ひとり共有できた克秀の出現に、心を惑わせる。やがて、克秀は余命3ヶ月の末期癌であることが発覚。悪化する病状に、真紀は彼の部屋を訪れた・・・・・・・。すばる文学賞作家が描く、感動の恋愛長編!  (祥伝社文庫)

何となくタイトルに惹かれて買ったのですが、この小説は40万部を超える大ベストセラーだと知って驚きました。あわてて確認すると、何と文庫は35刷。全然知らなかった・・・・・・・、小説も、安達千夏という作家も。

地元の山形で活動し、マスコミにはあまり登場しない人のようです。ネットでみても個人情報はさほど出てはいません。たまたま載っていたのは、黒いシャツに黒いレザーの上着の写真。眼光が鋭く美人ですが、ちょっと怖そうな人みたい。1965年生まれということは、今年でちょうど50歳。50歳にしては若く見えます。

おかしな言い方ですが、最近あまり出会うことがなかった小説を読んだような、そんな感じがします。昨今流行りの女性作家の文章とは明らかに違っています。

失礼ながら、読みやすい文章だとは言えません。例えば冒頭の部分。幼い頃に体験した忌まわしい記憶の記述から始まるのですが、同時に、その合間を縫うようにして現在の主人公の状況や心情が挟まれています。わかるのですが、読み手としてはちょっと落ち着きません。

一瞬迷子になったようで、うろうろしてしまいます。やや持って回ったような言い方もどうかと。悪くすると、物語に没頭したい読者の気持ちを削いでしまうことになりはしまいかと。憚りながらそんなことを感じます。

但し、既に多くの読者を獲得しているということは、そんな事とは別に、もっと大きな魅力があるということでしょう。

倉橋はもう本当に死の間際にいるのですが、それでも最後に真紀を抱きたいと言い、真紀はその願いに応えます。さらに、倉橋は留学時代に結婚した妻に会いたいと言い、アムステルダムまでの同伴を真紀に委ねるのですが、彼女はこれも承諾します。

それほどに真紀にとって倉橋の存在は大きなものでした。かつて幼い頃に経験した父親の暴力と、その結果もたらされた、姉・早紀の死。事件の遠因である、母親の自殺。それらを知っているのは倉橋だけで、真紀の婚約者である長瀬はその過去を知りません。

倉橋は、延命治療を一切拒否しています。いずれ近い将来終焉を迎える命に対し、延命する意味などないと考えています。自分の意思で死を選ぶ、そのために必要なモルヒネを手に入れようと真紀の前に姿を現した倉橋は、真紀が 〈死ぬための一番の近道〉 として医者になったことを知っていたのでした。

腫瘍による腕と手指の痺れによって、ピアノに懸ける倉橋の情熱は完全に失われてしまいます。倉橋の死を妨げるのはピアノ以外にありません。それを知っているからこそ、危険を承知で、真紀は海外への旅にも同意したのです。

アムステルダムには、倉橋の妻がいます。倉橋と妻が過ごした時間は、かつて真紀が倉橋と一緒にいた月日と同じ長さになります。最後に妻と会いたいと倉橋は願い、真紀は、その願いを叶えてやろうと考えます。

綿々と綴られる真紀の心情に、恋愛の渦中にいる女性は思わず泣いてしまうのでしょうか。幼少期につらく悲しい思いをした人は、彼女が巡り合う育ての親や隣人の深い愛情を知り、やはり少し涙ぐむのでしょうか・・・・・・・。

私はもう随分歳を取ってしまいました。若い頃の異性を想う切羽詰まった気持ちははるかに遠く、どこか他人事のようになってしまいました。ましてや女性である真紀の、胸に秘めた真実を推し測るすべなどとうの昔に失くしたのかも知れません。そんなことを、今さらに感じています。

 

この本を読んでみてください係数 75/100


モルヒネ (祥伝社文庫)

◆安達 千夏
1965年山形県山形市生まれ。
大学卒業後、事務機器販売会社に勤めた後結婚。創作をはじめ、すばる文学賞を受賞して作家デビュー。

作品 「あなたがほしい」「おはなしの日」「かれん」「千のキス」「ちりかんすずらん」他

◇ブログランキング

いつも応援クリックありがとうございます。
おかげさまでランキング上位が近づいてきました!嬉しい限りです!
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『ぴんぞろ』(戌井昭人)_書評という名の読書感想文

『ぴんぞろ』戌井 昭人 講談社文庫 2017年2月15日初版 ぴんぞろ (講談社文庫)

記事を読む

『結婚』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『結婚』井上 荒野 角川文庫 2016年1月25日初版 結婚 (角川文庫)  

記事を読む

『沈黙博物館』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『沈黙博物館』小川 洋子 ちくま文庫 2004年6月9日第一刷 沈黙博物館 (ちくま文庫)

記事を読む

『ママがやった』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『ママがやった』井上 荒野 文春文庫 2019年1月10日第一刷 ママがやった (文春文

記事を読む

『死体でも愛してる』(大石圭)_書評という名の読書感想文

『死体でも愛してる』大石 圭 角川ホラー文庫 2020年8月25日初版 死体でも愛してる (

記事を読む

『まともな家の子供はいない』津村記久子_書評という名の読書感想文

『まともな家の子供はいない』 津村 記久子 筑摩書房 2011年8月10日初版 まともな家の子

記事を読む

『星の子』(今村夏子)_書評という名の読書感想文

『星の子』今村 夏子 朝日新聞出版 2017年6月30日第一刷 星の子 林ちひろは中学3年生

記事を読む

『ほどけるとける』(大島真寿美)_彼女がまだ何者でもない頃の話

『ほどけるとける』大島 真寿美 角川文庫 2019年12月25日初版 ほどけるとける (角川

記事を読む

『許されようとは思いません』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『許されようとは思いません』芦沢 央 新潮文庫 2019年6月1日発行 許されようとは思いま

記事を読む

『金魚姫』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『金魚姫』荻原 浩 角川文庫 2018年6月25日初版 金魚姫 (角川文庫) 金魚の歴史は、

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『罪の名前』(木原音瀬)_書評という名の読書感想文

『罪の名前』木原 音瀬 講談社文庫 2020年9月15日第1刷

『ゴースト』(中島京子)_書評という名の読書感想文

『ゴースト』中島 京子 朝日文庫 2020年11月30日第1刷

『人間タワー』(朝比奈あすか)_書評という名の読書感想文

『人間タワー』朝比奈 あすか 文春文庫 2020年11月10日第1刷

『かか』(宇佐見りん)_書評という名の読書感想文

『かか』宇佐見 りん 河出書房新社 2019年11月30日初版

『希望病棟』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『希望病棟』垣谷 美雨 小学館文庫 2020年11月11日初版

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑