『角の生えた帽子』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
『角の生えた帽子』(宇佐美まこと), 作家別(あ行), 宇佐美まこと, 書評(た行)
『角の生えた帽子』宇佐美 まこと 角川ホラー文庫 2020年11月25日初版
何度も同じような夢を見る。それはさまざまな女をいたぶり殺すことでエクスタシーを覚えるという夢だ。ある日、その夢と同じ殺人事件が起こっていると知る。犯人として報じられたのは、自分と同じ顔をした別の名前の男だった - 。運命の残酷さ、悲劇を描いた 「悪魔の帽子」、松山が舞台の正統派ゴーストストーリー 「城山界隈奇譚」 など、惨くせつなく運命に巻き込まれてゆく人間たちを描く、書き下ろしを含む12篇。(角川ホラー文庫)
人生を浮かび上がらせる 残酷怪談 - 宇佐美まことの 『角の生えた帽子』 を読みました。
生きているはずの人間が、実は、とうの昔に死んでしまった幽霊でした。
少女の仕業だとばかり思っていたものは、実は、幼い頃の自分がしたことでした。
気付いた時には、膝から下の足がなくなっています。どこをどんなに探しても、足は見つかりません。すべては自分が望んでしたことでした。
本書 『角の生えた帽子』 は17年に刊行された著者の第二短編集の文庫版である (文庫化にあたって 「空の旅」 「赤い薊」 「縁切り」 を追加収録)。先に角川ホラー文庫に収められた第一短編集 『るんびにの子供』 によって宇佐美ホラーの面白さに開眼した読者はもちろん、普段あまりホラーに縁のない人にも自信をもっておすすめできる、クオリティの高い小説集だ。
全12編の収録作に共通して立ち籠めているのは、なんとも言えない不穏な気配である。たとえば冒頭の 「悪魔の帽子」。電子機器の工場で働く主人公が、見知らぬ女性たちを暴行し、殺害するという夢を続けて見ている。同じ頃、北関東のある街では女性を狙った連続殺人事件が発生していた。やがて主人公は夜毎の悪夢と、報道される事件との類似に気づくようになる。
ここで描かれているのは、ひょっとして自分は犯罪者ではないかという、アイデンティティの揺らぎである。自分のことが分からないという不安は、モーツァルトが流れる静謐な工場、そこで組み立てられる悪魔の帽子のような部品、といった秀逸なディテールに支えられ、じわじわと高まってゆく。そしてその暗い気配は、謎が明かされてもなお消えることがない。(朝宮運河/解説より)
[目次]
・悪魔の帽子
・赤い薊 (あざみ)
・空の旅
・城山界隈奇譚
・夏休みのケイカク
・花うつけ
・みどりの吐息
・大嫌い
・あなたの望み通りのものを
・縁切り
・左利きの鬼
・湿原の女神
以上の12編。(タイトルを太字にしたのは、私のお気に入り) まとめて一気に読むも良し、小分けにし、じっくり読むのも良いでしょう。期待以上に粒がそろっています。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆宇佐美 まこと
1957年愛媛県松山市生まれ。
松山商科大学人文学部卒業。
作品 「るんびにの子供」「愚者の毒」「虹色の童話」「入らずの森」「死はすぐそこの影の中」「熟れた月」「ボニン浄土」他
関連記事
-
-
『潤一』(井上荒野)_書評という名の読書感想文
『潤一』井上 荒野 新潮文庫 2019年6月10日3刷 潤一 (新潮文庫) 「好きだよ
-
-
『誰かが足りない』(宮下奈都)_書評という名の読書感想文
『誰かが足りない』宮下 奈都 双葉文庫 2014年10月19日第一刷 誰かが足りない (双葉文
-
-
『八月は冷たい城』(恩田陸)_書評という名の読書感想文
『八月は冷たい城』恩田 陸 講談社タイガ 2018年10月22日第一刷 八月は冷たい城 (講
-
-
『犯罪調書』(井上ひさし)_書評という名の読書感想文
『犯罪調書』井上 ひさし 中公文庫 2020年9月25日初版 犯罪調書 (中公文庫)
-
-
『逃亡小説集』(吉田修一)_書評という名の読書感想文
『逃亡小説集』吉田 修一 角川文庫 2022年9月25日初版 映画原作 『犯罪小説集
-
-
『初めて彼を買った日』(石田衣良)_書評という名の読書感想文
『初めて彼を買った日』石田 衣良 講談社文庫 2021年1月15日第1刷 初めて彼を買った日
-
-
『眠れない夜は体を脱いで』(彩瀬まる)_書評という名の読書感想文
『眠れない夜は体を脱いで』彩瀬 まる 中公文庫 2020年10月25日初版 眠れない夜は体を
-
-
『ざんねんなスパイ』(一條次郎)_書評という名の読書感想文
『ざんねんなスパイ』一條 次郎 新潮文庫 2021年8月1日発行 ざんねんなスパイ(新潮文庫
-
-
『冬雷』(遠田潤子)_書評という名の読書感想文
『冬雷』遠田 潤子 創元推理文庫 2020年4月30日初版 冬雷 (創元推理文庫) 因
-
-
『月の砂漠をさばさばと』(北村薫)_書評という名の読書感想文
『月の砂漠をさばさばと』北村 薫 新潮文庫 2002年7月1日発行 月の砂漠をさばさばと (新潮文