『ようこそ、わが家へ』(池井戸潤)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2017/12/07
『ようこそ、わが家へ』(池井戸潤), 作家別(あ行), 書評(や行), 池井戸潤
『ようこそ、わが家へ』池井戸 潤 小学館文庫 2013年7月10日初版
池井戸潤が好きである。
この本は半沢ブームの渦中に出版された、半沢直樹とは真逆の小心なサラリーマンが身近に起こる恐怖や事件に果敢に挑む奮闘記です。
面白いし、読後感は爽快。一気に読めること、間違いなしです。
[文庫本裏の解説より]
真面目なだけが取り柄の会社員・倉田太一は、ある夏の日、駅のホームで割り込み男を注意した。すると、その日から倉田家に対する嫌がらせが相次ぐようになる。
花壇は踏み荒らされ、郵便ポストには瀕死のネコが投げ込まれた。さらに、車は傷つけられ、部屋からは盗聴器まで見つかった。
執拗に続く攻撃から穏やかな日常を取り戻すべく、一家はストーカーとの対決を決意する。
一方、出向先のナカノ電子部品でも、倉田は営業部長に不正の疑惑を抱いたことから窮地へと追い込まれていく。
小説の主人公・倉田太一は52歳、勤めていた銀行から去年出向して、現在は年商100億円の中堅企業・ナカノ電子部品に勤務しています。
彼は出向という言葉にさほど悲観するでもなく、むしろ生き馬の目を抜くような銀行から出たことを善しとするような、欲もなく覇気が感じられない人物です。
代々木駅のホームで列を無視して割り込もうとしたのは、30代くらいの長髪で眼鏡をかけた浅黒い顔をした男でした。
日頃は見て見ぬふりをするような倉田ですが、このときは違いました。自分の娘くらいの女性がよろめくのを見て、思わず男に向かって腕を突き出し注意していたのです。
バス待ちで倉田が並んでいる列の後方に、その男がいます。同じバスに乗り込み、倉田に続いてバスから降りた男は明らかに倉田を尾行しているようです。
倉田は男の逆恨みのターゲットとして狙われてしまったのです。自宅近くで何とか振り切ったつもりでいましたが、事態は願うほど簡単には終わりません。
尾行された翌日から、倉田家は次々と悪質な嫌がらせに見舞われることになります。
一方、倉田が勤めるナカノ電子部品では、月一回の棚卸で在庫の不一致が判明します。金額にして2,000万円、取引先の企業から発注されたはずの商品が全て消えていたのです。
倉田は商品を仕入れたのが営業部長の真瀬だと聞き彼を問い詰めるのですが、弁が立つ真瀬に体よくあしらわれてしまいます。
帳簿が正しいかどうか確かめろと逆に言われる始末で、さすがの倉田も腹が立ちます。改めて詳細に在庫の確認をしてみると、あちこちから不審な点が浮かび上がってきます。
倉田は、在庫不足の背景に真瀬が深く関与していることを察知して真相を究明しようとしますが、これがとても一筋縄ではいかない難業でした。
倉田家では妻の珪子、大学生の息子・健太、高校生の娘・七菜。会社では経理担当の西沢摂子といった面々が奮闘する倉田を傍から支えます。
中でも健太と西沢摂子は、事件解決に大きな貢献を果たします。
この小説随一の醍醐味は、何と言っても事件の核心に迫るまでのストーリー展開にあります。ですから、あとはお読みいただくことにしましょう。
題材になっているストーカー事件に絡めて、池井戸潤は現代社会の匿名性を危惧した警鐘を鳴らしています。
「人間が持っている悪意が、たまたま匿名性を前提としたバーチャルな世界で開花してしまったと考えるべきかも知れない」と言います。
インターネット上に氾濫する匿名性を無責任で感情的な世界だと指摘し「それは現実世界にまではみ出してきてはいないか」と危惧します。
「自分がどこの誰かさえわからなければ、匿名を利用したいいたい放題、やりたい放題は、現実の世界でも有効だ」と書いています。
倉田を全く知らないままに、倉田に強烈な悪意を抱いた犯人を、池井戸潤は「匿名性」の見本として我々に示してくれているのです。
この本を読んでみてください係数 90/100
◆池井戸 潤
1963年岐阜県生まれ。
慶應義塾大学文学部および法学部卒業。1988年三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に入行。
32歳で銀行を退職、コンサルタント業のかたわらビジネス書を執筆、その後小説家。
作品 「果つる底なき」「M1」「銀行狐」「最終退行」「不祥事」「シャイロックの子供たち」「鉄の骨」「民王」「下町ロケット」「七つの会議」ほか多数
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