『県民には買うものがある』(笹井都和古)_書評という名の読書感想文

『県民には買うものがある』笹井 都和古 新潮社 2019年3月20日発行

【友近氏絶賛! 】 私たち、スマホかセックスでしかつながれないの? 全 「県民」 の心に刺さる、残念で愛おしい物語。

滋賀の片田舎に住む私たちは、「JKでヤってない」 ってだけでかなりとりこぼしている。だから廃れたSNSで、ちょうどいい男を探すことに・・・・・・・。都民でも府民でも道民でもない、「県民」 の心の底にある揺らぎを掬い取った 「R – 18文学賞」 友近賞受賞作をはじめ、切実すぎるのになんだか残念、でも胸が熱くなる、デビュー短編集。(新潮社)

[県民には買うものがある]

林田くんとは2ヵ月前、SNSの 滋賀県コミュニティで知り合った。

林田くんは生まれてからの25年間ずっと、この滋賀県で育ってきた。彼の家の近くにはICカードも使えないローカル線のボロい駅しかなく、高校は家から自転車で通える距離にある、そこそこ頭のいい進学校に通っていたそうだ。高校を卒業し、就職したのは県内にある企業の営業職。就職と同時に免許も手に入れた彼は、今や自分の車まで持っている。車種とかよく知らないけど、とにかく真っ白ででかい車だ。

- 林田くんがどうこうというのではありません。彼は、ここいら辺にはよくいるタイプの若者で、それ以外の何者でもありません。だからこそ - それがわかるので、彼女は 「会ったその日に、した」 のでした。

おそらく湖岸道路から琵琶湖大橋方面に走らせ、そのまま何てことのない顔をしてラブホテル街に流れこむところまで、今日もあの日と同じだろう。それは滋賀じゅうのあらゆるカップルが繰り返し通ってきたお決まりのルートで、私たちも週末になるとコピー&ペーストするように何度もそこをなぞっていた。

- 目の前には琵琶湖が広がり、琵琶湖大橋の端から端までを見渡すことができます。そばには立派な美術館があり、ゴルフ場があります。川を一本隔てると、まだ新しい建売住宅が整然と並んでいます。明らかに色目が違うラブホテル群は、そんな場所にあります。

林田くんは今日もチャックのついた薄手のパーカを着ている。全体は紺色の無地で、フードの裏に青を基調としたチェック柄があしらわれたものだ。イオンで買ってん、と言うその服はまだ寒い今の季節における彼のデートコーデを支え続けている。

丸い眼鏡、古着のニット、ニューバランスのスニーカー。林田くんはそういった類いのものが一切似合わない。彼は、不細工ではない。むしろ顔立ちはそれなりに整っているほうだろう。ちょっと垂れ目ぎみで、唾の照る八重歯があるけれど、黒い髪は会社員らしく清潔に整えられていて感じがいいし、背も高い、歳もまだ25歳で若い。それでも彼は、文化的な流行りものを身につけられる世界線にいなかった。たったそれだけだけど、これは彼自身も気付いていない世の中との大きな断絶だと思う。

- 高校3年の2月に入ったところ。受験を終えた彼女のもとには若さを持て余してしまったような、漠然とした後悔が押し寄せています。彼女にはそれまで、ろくな男性経験がありません。

JKでヤってないってさぁ、そけだけで絶対なんか取りこぼしてるもん」 とは言うものの、ヒロミちゃんにしたところで、セックス自体が重要ではないはずだということは何となくわかっています。

ただ、男と二人でこの世に存在するということ。それが今は呼吸の次くらいに大事な気がしてしまう。だって私たちは、女子高生の感性という一見豊かに育ちそうな土壌を耕す間もなく、もうすぐ手離さなければならないのだ - 彼女は切実に、そう思っています。

- 林田くんでいい、林田くんがいい、と 「私」 が思う理由。

何より相手は、こちらが消耗させられるような魅力ある人ではいけなかった。私たちが求めるのは一人の素敵な男性ではなく、あくまで夜中に待ち合わせる時間や、車での移動や、口内にある性器の感覚、そういうものを提供してくれる人間だ。必要なのはそれだけで、それと自分たちの女子高生 を等価交換するのみだ。

ヤバい人には引っかからんようにしよ、とお互いに言いながらナゲットをぽいぽいつまんで口に入れた。衣が青みがかった紺のプリーツスカートにこぼれて、私たちはそれを手で払う。

なーんかさみしいなぁ、ほんま
ぱん、とスカートを払いながら出るヒロミちゃんの身も蓋もないようなことばは、考えあぐねて繰り出される壮大な言葉たちより、ずっとずっと良い。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆笹井 都和古
1994年滋賀県生まれ、滋賀育ち。
京都精華大学人文学部中退。

作品 2016年 「県民には買うものがある」 で 第15回 「女による女のためのR – 18文学賞」 友近賞を受賞。

関連記事

『コンビニ人間』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文

『コンビニ人間』村田 沙耶香 文藝春秋 2016年7月30日第一刷 36歳未婚女性、古倉恵子。大学

記事を読む

『かたみ歌』(朱川湊人)_書評という名の読書感想文

『かたみ歌』 朱川 湊人 新潮文庫 2008年2月1日第一刷 たいして作品を読んでいるわけではな

記事を読む

『くっすん大黒』(町田康)_書評という名の読書感想文

『くっすん大黒』町田 康 文春文庫 2002年5月10日第一刷 三年前、ふと働くのが嫌になって仕事

記事を読む

『氷の致死量』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『氷の致死量』櫛木 理宇 ハヤカワ文庫 2024年2月25日 発行 『死刑にいたる病』 の著

記事を読む

『孤虫症』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『孤虫症』真梨 幸子 講談社文庫 2008年10月15日第一刷 真梨幸子のデビュー作。このデビュ

記事を読む

『きみの町で』(重松清)_書評という名の読書感想文

『きみの町で』重松 清 新潮文庫 2019年7月1日発行 あの町と、この町、あの時

記事を読む

『君は永遠にそいつらより若い』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『君は永遠にそいつらより若い』津村 記久子 筑摩書房 2005年11月10日初版 この小説は、津

記事を読む

『カウントダウン』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『カウントダウン』真梨 幸子 宝島社文庫 2020年6月18日第1刷 半年後までに

記事を読む

『顔に降りかかる雨/新装版』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『顔に降りかかる雨/新装版』桐野 夏生 講談社文庫 2017年6月15日第一刷 親友の耀子が、曰く

記事を読む

『生きるとか死ぬとか父親とか』(ジェーン・スー)_書評という名の読書感想文

『生きるとか死ぬとか父親とか』ジェーン・スー 新潮文庫 2021年3月1日発行 母

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『ケモノの城』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『ケモノの城』誉田 哲也 双葉文庫 2021年4月20日 第15刷発

『嗤う淑女 二人 』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『嗤う淑女 二人 』中山 七里 実業之日本社文庫 2024年7月20

『闇祓 Yami-Hara』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『闇祓 Yami-Hara』辻村 深月 角川文庫 2024年6月25

『地雷グリコ』(青崎有吾)_書評という名の読書感想文 

『地雷グリコ』青崎 有吾 角川書店 2024年6月20日 8版発行

『アルジャーノンに花束を/新版』(ダニエル・キイス)_書評という名の読書感想文

『アルジャーノンに花束を/新版』ダニエル・キイス 小尾芙佐訳 ハヤカ

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑