『ふじこさん』(大島真寿美)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/09 『ふじこさん』(大島真寿美), 作家別(あ行), 大島真寿美, 書評(は行)

『ふじこさん』大島 真寿美 講談社文庫 2019年2月15日第1刷

離婚寸前の両親の間で自分がモノのように取り合いされることにうんざりしている小学生のリサ。別居中の父が住むマンションの最上階から下をのぞき、子供の自殺について考えをめぐらすことがもっぱらの趣味。ある日きまぐれに父の部屋を訪れると見覚えのない若い女の人が出迎えてくれて・・・・・・・。ほか二編。(講談社文庫)

ふじこさん
元来利発なリサは、小学生であるにもかかわらず既に両親や祖父母のことを完全に見限っています。離婚間際にあって、父か母かのどちらが自分の親権を取るのかにも、さしたる関心がありません。何よりリサは、その頃自分の人生に深く絶望していたのでした。

リサにとって 「ふじこさん」 との出合いは、まさに衝撃的な出来事でした。この上なく奔放なふじこさんに対し、とりわけ父親の、男としてのあまりの不甲斐なさには呆れてものも言えません。父親の存在は極めて影が薄く、読むほどに覇気がありません。

試しに 『ふじこさん』 の父親について引用してみよう。中学受験を控えた 「リサ」 は、母方の祖父母の家で暮らしている。別居中の父親は 「優柔不断とののしられ、ぱっとしない男だと蔑まれ、どこまでも平凡な優男と決めつけられ」 ていたが、「最後に意地を見せたというか、根性を出したというか、わたしの親権だけは頑として渡すつもりはないらしかった」。しかしながら、「父は別に、わたしの親権がそれほど欲しかったわけではなく、たんに、母や祖父母の思い通りにさせたくなかっただけなのだろう」、ここまで娘に見破られてしまっている。この 「だけ」 は強烈だ。

マンションに出入りする 「ふじこさん」、要するに自分の交際相手について、娘に説明する科白もちょっとすごい。

※ふじこさんは父親が勤める会社で働く嘱託のデザイナーで、「仕事上やむなくマンションにも来たりはする」 が、それだけの関係で、父親は娘に対し 「多分、リサは誤解していると思うんだ」 と、あくまでしらを切り通します。

まさに優柔不断の優男の言い草。「リサ」 から見れば父親と 「ふじこさん」 の関係は一目瞭然で、また 「ふじこさん」 から見れば彼が娘や妻の実家の手前、どう立場を取り繕いたいのかも一目瞭然。「リサ」 と 「ふじこさん」 を結びつけたはずの男は置いてきぼりにされたまま、娘は父親の恋人とどんどん仲良くなり、恋人は志を立てイタリア行きを決めてしまう。彼女の決断の意味もタイミングも、娘はよく理解しているのに、いざ別れを告げられて、彼の口から出てくる科白というのも、また見事。(解説より)

(その 「見事な科白」 は本編で) とにもかくにも、交際相手と娘を取り持つはずの父親を置き去りに、リサとふじこさんは着実に親密な関係を築いていきます。

娘の親権をめぐり長引く騒動のさなかにありながら、ふじこさんという女性と出合ったことで、触発され、自分の思う世界の狭さを知った当のリサは、両親や母方の祖父母の思惑とは裏腹に、自らの生きる希望を見出していきます。

ある志を胸に、突然ふじこさんがイタリア行きを決めたのは、単にそれを成したいという理由ばかりではありません。それとは別に、なお切実な事情があったに違いありません。知らぬは父親ばかりなり。子どもだてらに、リサはそれを十分察知しています。

[他の収録作品]
・夕暮れカメラ
・春の手品師 (デビュー作/文學界新人賞受賞作

この本を読んでみてください係数  85/100

◆大島 真寿美
1962年愛知県名古屋市生まれ。
南山短期大学人間関係科卒業。

作品 「宙の家」「ピエタ」「チョコリエッタ」「虹色天気雨」「ビターシュガー」「ツタよ、ツタ」「あなたの本当の人生は」「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」他多数

関連記事

『毒島刑事最後の事件』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『毒島刑事最後の事件』中山 七里 幻冬舎文庫 2022年10月10日初版発行 大人

記事を読む

『その話は今日はやめておきましょう』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『その話は今日はやめておきましょう』井上 荒野 毎日新聞出版 2018年5月25日発行 定年後の誤

記事を読む

『犯罪調書』(井上ひさし)_書評という名の読書感想文

『犯罪調書』井上 ひさし 中公文庫 2020年9月25日初版 白い下半身を剥き出し

記事を読む

『僕はただ青空の下で人生の話をしたいだけ』(辻内智貴)_書評という名の読書感想文

『僕はただ青空の下で人生の話をしたいだけ』 辻内智貴 祥伝社 2012年10月20日初版 6年ぶ

記事を読む

『眠れない夜は体を脱いで』(彩瀬まる)_書評という名の読書感想文

『眠れない夜は体を脱いで』彩瀬 まる 中公文庫 2020年10月25日初版 自分の

記事を読む

『魯肉飯のさえずり』(温又柔)_書評という名の読書感想文

『魯肉飯のさえずり』温 又柔 中央公論新社 2020年8月25日初版 ママがずっと

記事を読む

『薬指の標本』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『薬指の標本』小川 洋子 新潮文庫 2021年11月10日31刷 楽譜に書かれた音

記事を読む

『ビニール傘』(岸政彦)_書評という名の読書感想文

『ビニール傘』岸 政彦 新潮社 2017年1月30日発行 共鳴する街の声 - 。絶望と向き合い、そ

記事を読む

『神の悪手』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『神の悪手』芦沢 央 新潮文庫 2024年6月1日 発行 このどんでん返しが切なすぎる!! 

記事を読む

『角の生えた帽子』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『角の生えた帽子』宇佐美 まこと 角川ホラー文庫 2020年11月25日初版 何度

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『ケモノの城』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『ケモノの城』誉田 哲也 双葉文庫 2021年4月20日 第15刷発

『嗤う淑女 二人 』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『嗤う淑女 二人 』中山 七里 実業之日本社文庫 2024年7月20

『闇祓 Yami-Hara』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『闇祓 Yami-Hara』辻村 深月 角川文庫 2024年6月25

『地雷グリコ』(青崎有吾)_書評という名の読書感想文 

『地雷グリコ』青崎 有吾 角川書店 2024年6月20日 8版発行

『アルジャーノンに花束を/新版』(ダニエル・キイス)_書評という名の読書感想文

『アルジャーノンに花束を/新版』ダニエル・キイス 小尾芙佐訳 ハヤカ

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑