『ひりつく夜の音』(小野寺史宜)_書評という名の読書感想文

『ひりつく夜の音』小野寺 史宜 新潮文庫 2019年10月1日発行

ひりつく夜の音 (新潮文庫)

大人の男はなかなか泣かない。ではなぜ、下田保幸は、その夜ひとりで泣いてしまったのか? すべてをあきらめていた男が、もう一度人生を取り戻すまで。その一年間の全記録。

46歳の下田保幸は、プロのジャズクラリネット奏者。演奏に全てを捧げた若い日の情熱は潮が引くように褪せ、いまは音楽教室講師の僅かな収入で過ごす。そんな暮らしがギタリストの青年・音矢との出会いで動き出す。どうしても困ったら下田を頼るよう、亡き母に言われたという音矢の名字は佐久間。下田が昔愛した女性と同じだった・・・・・・・。人生の折り返し点で迷う大人たちの心をはげます感動作。(新潮文庫)

(新潮社webサイトの) 藤田香織が書いた書評の出だしはこうです。

四十代半ばを過ぎて、気がつけば人生の先が見えてきた。いや、違う。先が見えたような気に、なってきた。
仕事も、私生活も、この先きっと劇的な変化はないだろう。今さら転職は困難だし、これから子供を産むとも思えない。となれば、出来るだけ長く、平穏な暮らしが続けられるよう仕事に励み、周囲の人たちと良好な人間関係を保つ努力をするべきだ。そう分かっているのに、これがまた難しい。
もう自分に伸びしろはない。潮は確実に引く一方で、満ちてくることはない。無理をして、頑張って、いったい何になるのか。もう充分じゃないか。心の片隅で、何かを確実に諦め始めているのだ。

言われてみれば、確かにそうでした。まだ若かった頃、そんな時が来るとは思いもしませんでした。もう若くはない。若い “フリ” はもう出来ない。そう観念したのが、下田と同じ40歳の半ば頃のことでした。

音楽教室で得る僅かばかりの収入で、プロのクラリネット奏者としての仕事はなく、日々の生活にかかる支出のあれこれに細心の注意を払うこの物語の主人公・下田保幸ほどではないにせよ、私は私で、その頃人生最大のピンチを迎えていました。

二度目の脳梗塞で寝たきりになった親父の入院が、間もなく2年を過ぎようとしていました。病院への月々の支払いは概ね私の給料の半分で、何かがあると (容態の加減で個室に移されたりすると) それは丸々一月分にもなりました。

妻のパート収入とあとは貯金を取り崩し、何とかやり繰りし耐え忍ぶような日々を送っていました。その頃、長男が大学に進学するのに合わせ準備していた資金の大半がなくなると、仕方なく私の生命保険を担保に借金し、何とかその場を切り抜けました。

嘘でごまかして、同僚からの遊びの誘いをはじめて断りました。行く分のお金はあったのですが、行く分しかありません。次の給料日までに最低限必要な分を考えると、行けるわけがありません。それくらい切羽詰まっていました。

私生活におけるお金の問題だけではありません。何の因果か、その頃の私の職場の状況は最悪でした。私自身が担当する仕事もまた、最悪の状況にありました。詳しくは書きません。思い出したくもないからです。

数ヶ月後に親父が死んで、翌年には息子が大学を中退します。すると、経済的にはえらく余裕のある暮らしになりました。そんな時です。今度は私が病気になりました。狭心症でした。心臓を動かす三つの太い血管の内二つが完全に狭窄している (詰まっている) と言われました。放っておくと近々に、あなたは間違いなく冷たくなっていたと言われました。

下田ほどではないせよ、私が “復活” したのは、三度の手術を受け、退院してしばらくの後、それまでとはまるで違う職場に転職してからのことです。約25年間勤めた元の職場に復帰したまではよかったのですが、以降、どうにも仕事に身が入らなくなってしまいました。

ストンと何かが抜け落ちた - そんな感じでした。そんな折、幸いなことにこんな仕事はどうかと勧めてくれた人がいました。(当然ですが) 元の職場と比べ、働く条件は格段に悪かったのですが、それでも私は “転職” したかった。元の職場にいたくなかったのです。

もう一度だけ、別の世界を見てみたいと思いました。49歳の頃のことです。

この本を読んでみてください係数 85/100

ひりつく夜の音 (新潮文庫)

◆小野寺 史宜
1968年千葉県生まれ。
法政大学文学部英文学科卒業。

作品 「ROCKER」「カニザノビー」「転がる空に雨は降らない」「牛丼愛 ビーフボール・ラブ」「それ自体が奇跡」「ひと」「東京放浪」他

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