『薄情』(絲山秋子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/10 『薄情』(絲山秋子), 作家別(あ行), 書評(は行), 絲山秋子

『薄情』絲山 秋子 河出文庫 2018年7月20日初版

地方都市に暮らす宇田川静生は、他者への深入りを避け日々をやり過ごしてきた。だが、高校時代の後輩女子・蜂須賀との再会や、東京から移住した木工職人・鹿谷さんとの交流を通じ、徐々に考えを改めていく。そしてある日、決定的な事件が起き -- 。季節の移り変わりとともに揺れ動く主人公の内面。世間の本質を映し出す、共感必至の傑作長編。(新潮社webサイトより)

第52回谷崎潤一郎賞受賞作

宇田川静生が、自分と隣人との間に敢えて “境界線” を引くのはなぜなんだろう - と考えてみる。彼は必ずしも田舎暮らしを嫌っているわけではない。

伯父の跡継ぎとして、いずれ地元の神社の神主になる。宇田川静生はその自分の運命を、甘んじて受け入れてもいる。望んで彼は國學院大學を出てもいる。それが神主になる一番の近道だからだ。伯父は今も現役で、彼は見習いがてらに神社の仕事の手伝いをしている。

しかし、むろん宇田川静生がそれを丸ごと肯定しているわけではない。ある意味、彼は地方の田舎でよくあるタイプの人間で、今とは違う別の自分について、(折々に) 考えなくはない。

“どっちつかず” なのだ。そうは見えないが、人との距離を上手く測れないでいる。

大学を出てからは1年のうちの5ヶ月程を、高崎を離れ嬬恋へ行き、彼は住み込みのアルバイトをしている。キャベツ農家を手伝っている。キャベツと神社は相性がよく、春の大祭前後と12月の大祓い、初詣の時期には高原キャベツの収穫はなかったのである。

結果、地元にいながら宇田川静生はどこか “浮いた” 暮らしをしている。そして、それが妙に性に合っている。(と感じている)

朝帰りの高崎駅。

高崎駅は長い間工事中だった駅構内がきれいになり、東口のロータリーやペデストリアンデッキも来るたびに改修がすすんでいる。それでも来るたびに宇田川静生は 「ああ、いつもの通りだ」 と思う。 - いつもの通りって、なんだ? 

定職に就いていない彼には「いつもの通り」のルーティンはない。なのに、

いつもの通りのおれとは誰なのか

結婚はしなきゃいけないんだなあ、おれは
家に戻る車のエンジンをかけながらかれは思う。
特にこだわるつもりもないんだが、それにしてもイメージできないものが、できるのか

自作の筏で太平洋横断とかハンマー投げで国体に出るとか宇宙旅行を実現するおれはイメージできないし、だからそんなことはしないだろう
新幹線を運転することは一生ないだろうけど、ユンボならまああり得ないわけではない。操作してみたいという気持ちもある。イメージしようとすればできる

結婚もそういうものか
結婚て、ユンボか

宇田川静生は自問を繰り返す。そしてその時感じた感覚を蔑ろに捨て置かない。原因の在り処を突き止める。突き止めようとして、また迷路に迷い込む。

自分の内側になにかが足りない気は、ずっとしていた。最近気がついたわけではない、時折思い返すのだ。なにがいつから足りなくなったのかわからないのがなんとも言えず気持ちが悪い。たとえば白物家電のうちのひとつが消えてしまった世界に住んでいるような・・・・・・・洗濯機が消えるとともに「洗濯」という作業そのものを忘れたり、炊飯器が消えるとともに「米食」という習慣があったことを忘れてしまった、なにかそういう感じなのだ。

なにかが欠落していることはわかっても、それがなんなのかわからない。本当に欠落しているのか確かめようもない。だが、気がついてしまったという確信だけはぶれないのだった。かれはその、消えてしまったものに特別愛着を持っていたとも思えない。なくなってしまえば不要かどうかの検証はできない。(P12)

宇田川静生の「主語を欠いた欠落」の言葉は続く。何を以て覚醒するかは、いくつかの出来事の後、まだ先のことになる。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆絲山 秋子
1966年東京都世田谷区生まれ。群馬県高崎市在住。
早稲田大学政治経済学部卒業。

作品 「沖で待つ」「逃亡くそたわけ」「ニート」「エスケイプ/アブセント」「不愉快な本の続編」他多数

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