『オロロ畑でつかまえて』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/14 『オロロ畑でつかまえて』(荻原浩), 作家別(あ行), 書評(あ行), 荻原浩

『オロロ畑でつかまえて』 荻原 浩 集英社 1998年1月10日第一刷

萩原浩の代表作と言えば、映画化された『明日の記憶』と紹介されることが多いと思います。俳優の渡辺謙が自ら映画化を懇願したという、とっておきのエピソードも加わって評判を呼んだ映画の原作ですから当然かも知れません。

しかし、私は『明日の記憶』のようなシリアスな小説よりも、むしろペーソスとユーモアに富んだ軽妙な小説こそが荻原浩の真骨頂だと思っています。

この小説は荻原浩のデビュー作です。内容はキテレツで、とてもこの世のものとは思えませんが、作品の底流にある暖かく肯定的に人を見つめるまなざし、ユーモアとジョークで苦境をも好転させてしまうポジティブシンキングは、これから後に「笑いあり涙あり」の痛快ユーモア小説の名作を数々世に送り出すことになります。

まぁ、読んでみてください。

面白くて何度も吹き出しますよ、きっと。

・・・・・・・・・・・

人口わずか三百人。超過疎化にあえぐ日本の秘境・牛穴村の青年会は村おこしに立ち上がります。仕事を依頼するために青年会メンバーの慎一と悟が、慎一の学生時代の知り合いを訪ねて東京の広告代理店へでかけるのですが、いきなりこれが爆笑ものです。お好みはあるでしょうが、私はここオススメしておきます。

結局めぼしい代理店では引受けてもらえず、たどり着いたのが今にも倒産しそうなユニバーサル広告社でした。

この最弱タッグによる村おこしのプロジェクトが、もう馬鹿馬鹿しすぎるのです。

「ウシアナザウルス、出現」牛穴村の龍神沼に太古の恐竜が甦る...苦し紛れに出した石井(ユニバーサル社長)のアイデアをクリエイティブディレクターの杉山が無理やり具体化した滑稽極まりない計画に、さすがに青年会の連中もすぐには同意しかねるのですが、最後には「杉山の流れるような東京弁」のプレゼンに押し切られてしまいます。

ドタバタ騒動はこうして幕を開けるのですが、青年会のメンバーはあくまで真剣です。皆純朴で、牛穴村に抱く彼等の愛着を簡単に笑い飛ばすことはできません。

はなから聞き取れないような方言が行き交い、知ったかぶりと極論の応酬のなか話は進んでいくのですが、作者は決して村の人々を見下したり茶化したりなどしていません。むしろ都会の暮らしで忘れた素朴で裏表のない彼等の言動にこっそりと拍手を送っているのです。

さて、プロジェクトはこの後どうなっていくのでしょうか? おそらく皆さんの期待通り(?)で、ウシアナザウルスは悲惨な末路を辿ります。

しかし、この小説が伝えたいのはウシアナザウルスプロジェクトの成否ではなく、失敗の後に訪れた牛穴村再生への本来の確かな手応えなのです。

弱小広告代理店の社長・石井の憎めない小者ぶりにクスリと笑う。杉山の家庭内事情にホロリとくる。牛穴村騒動の幕間を埋めるように「都会の現実」もバランスよく織り込まれて、気

持ちよく読める一冊です。

●牛穴村・・・奥羽山脈の一角、日本の最後の秘境といわれる大牛山(2238メートル)の山麓に、サルノコシカケのようにはりついた寒村。東京の6分の1に及ぶ面積を持つが、人口はわず

か300人。主な産物は、カンピョウ、人参、オロロ豆、ヘラチョンペ。民芸品としてゴゼワラシ(現在は生産されていない)などがあるという。(作中より、一部略)

<オロロ豆、ヘラチョンペにゴゼワラシ?..っなもん、あるわけないぞ!>(私)

●各章のタイトルに添えられた説明文、ちょっと面白いですよ。広告業界をよく知る作家の軽いジョークに笑えます。

この本を読んでみてください係数 85/100


◆荻原 浩

1956年埼玉県大宮市生まれ。

成城大学経済学部卒業。広告制作会社、コピーライターを経て、1997年小説家デビュー。

作品 「コールドゲーム」「明日の記憶」「お母様のロシアのスープ」「あの日にドライブ」「四度目の氷河期」「愛しの座敷わらし」「砂の王国」「月の上の観覧車」他多数

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