『宇喜多の捨て嫁』(木下昌輝)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/10
『宇喜多の捨て嫁』(木下昌輝), 作家別(か行), 書評(あ行), 木下昌輝
『宇喜多の捨て嫁』木下 昌輝 文春文庫 2017年4月10日第一刷
第一話 表題作より
「碁に捨て石という考えがありもうす。一石を敵に与えて、それ以上の利を得るというもの。あるいは将棋の捨て駒。血のつながった娘を嫁がせ、油断させた上で寝首をかく宇喜多(和泉守)直家様の手腕は、まさにこの捨て石や捨て駒のごとき考え」
於葉(およう)は、この老人にひるんでいる己を自覚した。
「そう、正室や己の血のつながった娘さえも仕物に利用する。これを言葉にするならば、捨て石ならぬ・・・・・・・」
安東相馬が仰々しく天井を見て、一拍置いた。
「捨て嫁」
表題作は、権謀術数によって勢力拡大を図った戦国大名・宇喜多直家によって、捨て駒として後藤勝基に嫁がされた四女・於葉の物語。乱世の梟雄を独自の視点から切り取った鮮やかな短編は時代作家として、高い評価を集めている。本書ではその他に五編の短編を収録。いずれも戦国時代の備前・備中を舞台に、昨日の敵は味方であり明日の敵、親兄弟でさえ信じられないという過酷な状況でのし上がった、梟雄・宇喜多直家をとりまく物語を、視点とスタイルに工夫をこらしながら描いた力作揃いだ。
直家の幼少時の苦難と、彼でしか持ちえない不幸な才能ゆえの大罪(「無想の抜刀術」)、若く才能あふれる城主として美しい妻を迎え子宝にも恵まれた直家に持ちかけられた試練(「貝あわせ」)、直家の主・浦上宗景の陰謀深慮と直家の対決の行方(「ぐひんの鼻」)、直家の三女の小梅との婚姻が決まった宗景の長男の浦上松之丞の捨て身の一撃(「松之丞の一太刀」)、芸の道に溺れるあまり母親をも見捨てて直家の家臣となった男(「五逆の鼓」)と、いずれも直家のほの暗い輪郭を照らしながら、周囲の人々の様々な情念を浮かび上がらせていく - 。第152回直木賞候補作にして第2回高校生直木賞受賞。(商品紹介より)
殺さなければ、殺される。敵と味方が目まぐるしく入れ替わる。
必要とあらば、味方といえども切り捨てる。妻や娘であろうとも、利用すべきは利用する。妻や娘だからこそ(仕物としての)価値がある - と考える。
室町後期・安土桃山時代にあって「中国三大謀将」と恐れられた戦国の梟雄・宇喜多直家の生涯を描いたこの小説は、人を人とは思わない、狂気を生き、狂気のうちに朽ち果てた一人の武将の物語である。
但し、この作品が多くの読者を惹きつけるのは、そこではない。
悪名高き戦国大名が、実はそうではなかったのだと知らされる。直家をはじめとする近親の人々らの、時代に生きた、深慮の果ての覚悟が見て取れる。己の命と引き換えた、如何にもつらい、わけがある。
※ 宇喜多直家 備前生まれ。姓は三宅、通称は八郎・三郎右衛門と呼ばれた。父・興家の仇を報いるために主君の浦上宗景を放逐し、岡山に拠り次第に武威をふるう。美作、備中を制し、初め毛利氏と結んだが、羽柴秀吉に降ったのち毛利氏と抗戦することになる。天正9年(1581年)歿、53歳。
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◆木下 昌輝
1974年奈良県生まれ。
近畿大学理工学部建築学科卒業。
作品 本作にてデビュー。他に「人魚ノ肉」「天下の軽口男」「宇喜多の楽土」など
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