『203号室』(加門七海)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2020/12/07
『203号室』(加門七海), 作家別(か行), 加門七海, 書評(な行)
『203号室』加門 七海 光文社文庫 2004年9月20日初版
「ここには、何かがいる・・・・・・・」。大学に受かり、念願の一人暮らしを始めた沖村清美が選んだアパートの一室は、どこかがおかしかった。絶えずつきまとう腐臭、部屋に残る得体の知れない足跡・・・・・・・次々と起こる怪異が、清美をじわりじわりと追いつめていく。著者自身の実体験も盛り込まれたリアル過ぎる恐怖! 読み出したら止まらない、戦慄のノンストップ・ホラー! (「BOOK」データベースより)
『203号室』 というタイトルはいかにも思わせぶりで、文庫の表紙も悪くない。私は何も知らなかったのですが、加門七海という人は立派な伝記作家でありエッセイストでもあるらしい。(でなけりゃ、あんなにたくさん書店に並ばない!? )
「騙された」 とまでは言いませんが、「宣伝にしてやられた」 というところでしょうか。全部がダメだというわけではないのですが、何と言いましょうか、もっと怖い話を読みたかった、身体の芯からゾクゾクしたかった、みたいな感じで不満が残ります。
随所に「おぉー、ちょっと怖くなってくるぞ」といったフリの部分はあるのです。来たるべき恐怖に身構えながらそーっとページを捲ります。ところが、その先がいけません。「え? これでお終い? 」みたいな気分を繰り返し味わうことになります。
ひとつ、中身の話をします。
清美の部屋の隣には、ちょっと怖そうなお兄さんが住んでいます。この男が、突然怒鳴り込んでくる場面があります。「毎晩、毎晩うるせえんだよ」 と男は言うのですが、清美には何が何だかわかりません。
テレビの音かと聞けば、そうではないと言います。「毎晩、殺すの出ていけの。大喧嘩ばかりしてんなら、とっとと別れりゃ、いいだろう!? 相手の男はどこ行った。男を出せよっ! おい、出て来い! 」男は清美を突き飛ばし、土足のまま部屋に上がり込んで辺りを捜すのですが、誰かがいるわけではありません。
清美は一人で暮らしているのに、隣には毎晩言い争う声が聞こえているのです。想像するに、これってちょっと怖くないですか? ここら辺りは結構「きたぞ、きたぞ」という期待を込めて待ち構えているのですが、結局これはこれだけの話として終わってしまいます。もう、まるで肩すかし。
物語の冒頭に 「203号室」 という部屋番号について、清美が感想を言う場面があります。彼女は、下見にきた当初からこの番号に妙な親しさを覚えていたと言います。ニヒャクサンゴウシツ - その響きが何となく自分の気持ちに馴染むと言うのです。
彼女はそのことを、入学当初から何気に好意を寄せる新見という青年に話します。すると新見は意外なことを言い出します。清美の203号室に対する親近感は、〈203高地〉 という語感からくるものだと言って、彼女に対し日露戦争の話を始めます。
203高地とは、旅順を陥とすために乃木希典が攻略した場所の名前であること。その戦いで、日本軍は3,000人以上の死者と7,000人近い負傷者を出したのだと言います。新見の博識に素直に感心しながらも、清美は微かに不快な気持ちを抱きます。
ところが、実はこれって何でもない話で、清美が気のある男に何気に自分が一人暮らしであるのをアピールしたかっただけのことで、何かが始まる期待に胸を膨らませ、はずみでつい同調を誘うようなことを言っただけなのに、新見はみごとに的外れな返答をしてしまうというわけです。
清美が不快になるのは当然で、夢に見た一人暮らしが今まさに始まろうとする高揚感に水を差すような話をされてしまうのですから。さらにこのことで、清美は彼女のトラウマだという、小学生の頃にみた広島長崎原爆の記録映画のことを思い出します。
- そして場面は現在に戻り、清美が部屋へ入ろうとしてドアから顔を差し入れた、まさにその瞬間、部屋にはただならぬ異臭が・・・・・・・、と続きます。
・・・・・・・「ああ、これはきっと何かの伏線に違いない」- おそらく誰もがそう思うはすです。ところが、残念ながらこれもここだけの話で終わります。203高地も、広島や長崎の原爆のことも、その後一切出てはきません。
これってどうよ? みたいな作品であるわけです。
この本を読んでみてください係数 70/100
◆加門 七海
1962年東京都墨田区生まれ。
多摩美術大学大学院修了。伝記作家、エッセイスト。
作品 「美しい家」「オワスレモノ」「心理MAX」「怪談徒然草」「うわさの人物 神霊と生きる人々」「女切り」など多数
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