『やがて海へと届く』(彩瀬まる)_書評という名の読書感想文

『やがて海へと届く』彩瀬 まる 講談社文庫 2019年2月15日第一刷

やがて海へと届く (講談社文庫)

一人旅の途中ですみれが消息を絶ったあの震災から三年。今もなお親友の不在を受け入れられない真奈は、すみれのかつての恋人、遠野敦が切り出す 「形見分けをしたい」 という申し出に反感を覚える。親友を亡き人として扱う彼を許せず、どれだけ時が経っても自分だけは彼女と繋がっていたいと悼み続けるが - 。(講談社文庫)

あの震災を思う思い方は人それぞれだ。

幸いにも難を逃れ、生き延びた人の多くは、しかしその瞬間から別の苦悩を背負うことになる。違う人生を生きることになり、まるで思いもしなかったことを思うようになる。

彩瀬まるは仙台から福島に向かう電車の中にいた。友人を訪ねて東北旅行をしている最中に大地震に遭遇する。そして九死に一生を得た。この体験は翌年 (2012年) に 『暗い夜、星を数えて3・11被災鉄道からの脱出』(新潮社) というノンフィクションとして上梓された。

2010年に 『花に眩む』(新潮社電子書籍) で第9回 「女による女のためのR – 18文学賞」 の読者賞を受賞しデビューした彩瀬まるは次の作品も当然、小説になるはずだった。だが大震災が一人の作家の運命を変えた。そう、「変えた」 と言い切ってもいいほどの経験を彼女はしたのだ。

その結晶が本書 『やがて海へと届く』 である。過酷な体験を小説に昇華するまで5年という月日が必要であったが、見事に結実した。 本書を上梓したときの著者の言葉を紹介しよう。

- 震災発生日の深夜、吸い込まれそうなくらい黒く、深い、明かりが一つもなくなった町を高台から見下ろして以来、私の中にはいつも、冷たい石のような不信が残っていました。(中略) 真っ暗のままもとの暮らしに戻り、一人の大人として生きていくのは辛かった。なので、私には私を回復するための物語が必要でした。- (講談社HP)

多分、同じように悩んでいる人はいるだろう。その人の手助けをしたい。それは彩瀬まるの切実な願いだった。そのためにはどうしても5年という歳月が必要だった。そしてその物語は私が望んでいたとおり、美しくて恐ろしくて、でも腑に落ちる作品として完成されていた。

物語は奇数章と偶数章で違う 「私」 が語っていく。(東えりか/解説より)


昨日、北海道胆振東部で強い地震があったというニュースを聞いた。昨年9月に震度7を観測して以来の大きな揺れで、当分の間予断を許さない状況が続くという。

ニュースを聞いた多くの人は、半年前に土砂崩れで倒壊した何軒もの家屋と、中で亡くなった大勢の人のことを嫌でも思い出すに違いない。

津波と原発事故を伴ったあの大震災のことを、昨日の事のように思い起こした人だってきっといるはずだ。

なのに、私といえば - 

遠くで暮らす私にとって、あくまでそれは知らない北の大地で起こった縁のない話で、単にニュースで知るだけの他人事でしかありません。町は平和で、たまたま休日だったその日、間延びした時間を持て余し、私は本屋にでも行こうかなどと考えていました。この本を買ったのは、そんな日のことです。

この本を読んでみてください係数 80/100

やがて海へと届く (講談社文庫)

◆彩瀬 まる
1986年千葉県千葉市生まれ。
上智大学文学部卒業。

作品 「花に眩む」「サマーノスタルジア」「傘下の花」「あのひとは蜘蛛を潰せない」「伊藤米店」「骨を彩る」「神さまのケーキを頬ばるまで」「桜の下で待っている」他

関連記事

『少女奇譚/あたしたちは無敵』(朝倉かすみ)_朝倉かすみが描く少女の “リアル”

『少女奇譚/あたしたちは無敵』朝倉 かすみ 角川文庫 2019年10月25日初版 少女奇譚

記事を読む

『虫娘』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『虫娘』井上 荒野 小学館文庫 2017年2月12日初版 虫娘 (小学館文庫) 四月の雪の日

記事を読む

『NO LIFE KING ノーライフキング』(いとうせいこう)_書評という名の読書感想文

『NO LIFE KING ノーライフキング』いとう せいこう 新潮社 1988年8月10日発行

記事を読む

『むかしむかしあるところに、死体がありました。』(青柳碧人)_書評という名の読書感想文

『むかしむかしあるところに、死体がありました。』青柳 碧人 双葉社 2019年6月3日第5刷

記事を読む

『ふじこさん』(大島真寿美)_書評という名の読書感想文

『ふじこさん』大島 真寿美 講談社文庫 2019年2月15日第1刷 ふじこさん (講談社文庫

記事を読む

『百舌落とし』(逢坂剛)_書評という名の読書感想文

『百舌落とし』逢坂 剛 集英社 2019年8月30日第1刷 百舌落とし 後頭部を千枚通

記事を読む

『その話は今日はやめておきましょう』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『その話は今日はやめておきましょう』井上 荒野 毎日新聞出版 2018年5月25日発行 その話

記事を読む

『八月は冷たい城』(恩田陸)_書評という名の読書感想文

『八月は冷たい城』恩田 陸 講談社タイガ 2018年10月22日第一刷 八月は冷たい城 (講

記事を読む

『悪い恋人』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『悪い恋人』井上 荒野 朝日文庫 2018年7月30日第一刷 悪い恋人 (朝日文庫) 恋

記事を読む

『にぎやかな湾に背負われた船』(小野正嗣)_書評という名の読書感想文

『にぎやかな湾に背負われた船』小野 正嗣 朝日新聞社 2002年7月1日第一刷 にぎやかな湾に背負

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『草にすわる』(白石一文)_書評という名の読書感想文

『草にすわる』白石 一文 文春文庫 2021年1月10日第1刷

『JR品川駅高輪口』(柳美里)_書評という名の読書感想文

『JR品川駅高輪口』柳 美里 河出文庫 2021年2月20日新装版初

『死者のための音楽』(山白朝子)_書評という名の読書感想文

『死者のための音楽』山白 朝子 角川文庫 2013年11月25日初版

『騙る』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『騙る』黒川 博行 文藝春秋 2020年12月15日第1刷 騙

『ケーキの切れない非行少年たち』(宮口幸治)_書評という名の読書感想文

『ケーキの切れない非行少年たち』宮口 幸治 新潮新書 2020年9月

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑