『ノースライト』(横山秀夫)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/09
『ノースライト』(横山秀夫), 作家別(や行), 書評(な行), 横山秀夫
『ノースライト』横山 秀夫 新潮社 2019年2月28日発行
一家はどこへ消えたのか?
空虚な家になぜ一脚の椅子だけが残されていたのか?一級建築士の青瀬は、信濃追分へ車を走らせていた。望まれて設計した新築の家。施主の一家も、新しい自宅を前に、あんなに喜んでいたのに・・・・・・・。Y邸は無人だった。そこに越してきたはずの家族の姿はなく、電話機以外に家具もない。ただ一つ、浅間山を望むように置かれた 「タウトの椅子」 を除けば・・・・・・・。このY邸でいったい何が起きたのか?(新潮社)
帯に、横山ミステリー史上、最も美しい謎。熱く込み上げる感動 『64』 から六年 待望の長編ミステリー、とあります。
警察小説の名手・横山秀夫が手掛けた平成最後のミステリーは、1級建築士が主人公。建築家ではなく、建築家を名乗ることにためらいのある 「建築士」 の内面世界が克明に描き出されています。幾度もの挫折の果てに、彼が得たものとは一体何だったのでしょう?
主人公の青瀬稔が設計したY邸は建築雑誌にも取り上げられた会心作。しかし、引っ越してきたはずの施主一家は一度も住まぬまま行方不明になり、無人の家には1脚の椅子だけが残されていたのでした。
施主(の家族) に何があったのか? ぽつんと残る 「椅子」 の意味とは? 自身の家族や 「家」 への葛藤を抱える青瀬が施主一家の行方を追い、「タウトの椅子」 の謎に迫っていく過程で、やがて思いもしない真実が明らかになっていきます。
鍵となる群馬県ゆかりの建築家、ブルーノ・タウトは主人公の合わせ鏡のような存在。所沢、熱海、少林山などの場所が実名で登場し、ダム建設やバブルの時代が象徴的に描かれている。(2019.2.22/上毛新聞の記事より)
建築物に関わる知見もさることながら、読むべきは、かつてあった昭和という時代と、その時代を生き抜いた人々が遺した確かな軌跡 = 家族、あるいは子供、その “カタチ” にこそあるのだろうと思います。
主人公の青瀬稔にも、彼が働く設計事務所の所長・岡島昭彦にも。そして、施主となって青瀬の前に現れた 「吉野陶太」 という人物にも等しく同様に。
特筆して描かれているのは、青瀬の幼い日の記憶と、後に明かされる施主・吉野陶太のそれです。二人が知り合っていたということではありません。互いの出自は、まるで違っています。
岡島昭彦を含むそれぞれに共通するものは、Y邸とタウトの椅子に絡む謎とは別のところにあります。三人は現在、順風満帆に生きているわけではありません。仕事とは別に、それぞれは、人として大きな不安を抱えています。
青瀬は、既に離婚しています。妻だったゆかりとは喧嘩別れしたわけではありません。むしろ仲が良かった故に、当時彼女が願ったことは青瀬をひどく傷付けたのでした。互いを思い、合意の上での事でした。月に一度、彼は一人娘の日向子と会うのを何より楽しみにしています。
ある意味、最も辛い状況にいるのは岡島かもしれません。岡島には妻がおり、一人息子の一創がいます。しかし、妻とはとうの昔に心が離れ、息子一人を拠りどころにしています。その息子について妻には隠し事があり、隠し事が何であるかを、実は彼は知っています。
吉野陶太もまた - 人に言えないある事情を抱えています。してきた努力は結果報われず今があるのは、何が悪かったのでしょう? どこが間違っていたのでしょう・・・・・・・
その答えの全てが、無人のY邸にあり、1脚の 「タウトの椅子」 にあります。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆横山 秀夫
1957年東京生まれ。
国際商科大学(現・東京国際大学)商学部卒業。
作品 「ルパンの消息」「陰の季節」「動機」「半落ち」「64(ロクヨン)」「深追い」「第三の時効」「真相」「クライマーズ・ハイ」「影踏み」「看守眼」「震度0」他多数
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