『夏と花火と私の死体』(乙一)_書評という名の読書感想文

『夏と花火と私の死体』乙一 集英社文庫 2000年5月25日第一刷


夏と花火と私の死体 (集英社文庫)

 

九歳の夏休み、少女は殺された。あまりに無邪気な殺人者によって、あっけなく - 。こうして、ひとつの死体をめぐる、幼い兄妹の悪夢のような四日間の冒険が始まった。次々に訪れる危機。彼らは大人たちの追及から逃れることができるのか? 死体をどこへ隠せばいいのか? 恐るべき子供たちを描き、斬新な語り口でホラー界を驚愕させた、早熟な才能・乙一のデビュー作。第6回ジャンプ小説・ノンフィクション大賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

2人で木登りをして遊んでいたときに、座っていた高い枝から突き落とされて死んでしまったのが五月ちゃんで、彼女の背中を強く押した、つまり五月ちゃんを殺してしまったのが友だちの弥生ちゃんです。2人は同級生で、しかも大の仲良しでした。

弥生ちゃんには2歳年上の健くんというお兄さんがいます。弥生ちゃんは、おにいちゃんのことが大好きです。どれくらい好きかと言えば、おにいちゃんではなく、できれば他人同士になって「健くんと呼びたい」くらいに好きなのです。

だから、「わたしも・・・健くんのことが好きなんだ・・・」と告白した五月ちゃんのことが許せなかったのです。許せなくて、思わず五月ちゃんの背中を押してしまったのでした。

健くんが異変に気付くのは、その直後のことです。どうしたのかと尋ねる健くんに、弥生ちゃんは本当のことが言えません。五月ちゃんが自分で滑って落ちたと、嘘をつきます。

それを信じた健くんは、とにかくお母さんに知らせてこようと言うのですが、自分のしたことがばれるのではないかと心配するあまり、弥生ちゃんは健くんの言うことを素直に聞くことができません。お母さんが哀しむから言うのは嫌だと、弥生ちゃんは叫ぶようにして言い募ります。
・・・・・・・・・・
物語の導入部分としては、ままこんなところなのですが、五月ちゃんが突き落とされる、まさにその瞬間からが「斬新な語り口」ということになります。

死んでしまった五月ちゃんはもう話すことができないはずなのに、彼女は、自らの転落の様子を語り、お気に入りだったサンダルの片方が空中で脱げてしまったことをひどく悲しみます。そして、

最後に、踏み台にしていた大きな石の上に背中から落ちて、わたしは死んだ。

と続きます。それからあとも、体中の穴から赤黒い血が流れ出る様子や、血で汚れた顔を健くんに見られるのが悲しいなどと、まるで生きている時と同じように語り続けるのです。

小説は最初から五月ちゃん目線で、「わたし」という一人称で語られるのですが、彼女が死んだ後もそれが変わることはありません。分かるでしょうか? 始まって早々に死んだはずの五月ちゃんが、依然として生きている人のように自分目線で物語を語るわけです。

これがなかなかに面白いのです。最初は大した期待もせずに、買い溜めたまま読まずにいた本の中から取り出して、ほんの気まぐれで読み出したのです。買うには買うのですが、私は今まで、乙一という人の本を〈まともに〉読んだことがありませんでした。

一番びっくりしたのが(乙一ファンの方なら当然知っていることなのですが)、この小説が書かれたのが16歳の時だということです。彼がまだ、久留米の工業高等専門学校の学生だった頃のことです。いやはや、まさに「早熟な才能・乙一」なのです。

おまけに、最近は「乙一」ではなく、「山白朝子」や「中田永一」という別名義で小説を発表しているらしい。中田永一? 中田永一と言えば、もしかすると『くちびるに歌を』の中田永一のこと? 映画になって、小学館児童出版文化賞にもなった、あの小説を書いたのが「乙一」だっとは・・・

知らなかった - 。本当に、私は何も知りませんでした。思い込みや偏見、何より無知な自分がとても恥ずかしい。変な名前の、さほど売れてもいないミステリー作家だとばかり思っていたことを深く反省し、お詫びします。乙一さん、本当にごめんなさい。

健くんがほのかに想いを寄せる緑さんが何だか怪しくて、緑さんのことをもっともっと書けばいいのに、みたいなことを思ったりもしたのですが、そんなことはもうどうでもよくなりました。だって、書いたのは16歳の少年なんですから。

19歳とはいえ、社会に出て働いている大人の女性である緑さんの色気やさかしまな気配をもっと微細になどと言っても、それは無理な話というものです。それなりの雰囲気はありますし、何より弥生ちゃんと健くんのハラハラドキドキ感は真に迫るものがあります。

それだけで、もう十分。知らなかった多くの事実と併せて、乙一という作家の類い稀なる才能を、ここは素直に称えて終わりたいと思います。

 

この本を読んでみてください係数 85/100


夏と花火と私の死体 (集英社文庫)

◆乙一
1978年福岡県生まれ。本名は安達寛高。
豊橋技術科学大学工学部卒業。

作品 「失踪 HOLIDAY」「きみにしか聞こえない CALLING YOU」「暗いところで待ち合わせ」「GOTH リストカット事件」他多数

関連記事

『トリツカレ男』(いしいしんじ)_書評という名の読書感想文

『トリツカレ男』いしい しんじ 新潮文庫 2006年4月1日発行 トリツカレ男 (新潮文庫)

記事を読む

『夏の庭 The Friends 』(湯本香樹実)_書評という名の読書感想文

『夏の庭 The Friends 』湯本 香樹実 新潮文庫 1994年2月25日発行 夏の庭―

記事を読む

『203号室』(加門七海)_書評という名の読書感想文

『203号室』加門 七海 光文社文庫 2004年9月20日初版 203号室 (光文社文庫)

記事を読む

『公園』(荻世いをら)_書評という名の読書感想文

『公園』荻世 いをら 河出書房新社 2006年11月30日初版 公園  

記事を読む

『なまづま』(堀井拓馬)_書評という名の読書感想文

『なまづま』堀井 拓馬 角川ホラー文庫 2011年10月25日初版 なまづま (角川ホラー文庫

記事を読む

『だれかの木琴』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『だれかの木琴』井上 荒野 幻冬舎文庫 2014年2月10日初版 だれかの木琴 (幻冬舎文庫)

記事を読む

『邪魔』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『邪魔』奥田 英朗 講談社 2001年4月1日第一刷 邪魔(上) (講談社文庫) &nb

記事を読む

『夜をぶっとばせ』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『夜をぶっとばせ』井上 荒野 朝日文庫 2016年5月30日第一刷 夜をぶっとばせ (朝日文庫

記事を読む

『冷蔵庫を抱きしめて』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『冷蔵庫を抱きしめて』荻原 浩 新潮文庫 2017年10月1日発行 冷蔵庫を抱きしめて (新潮

記事を読む

『ロコモーション』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『ロコモーション』朝倉 かすみ 光文社文庫 2012年1月20日第一刷 ロコモーション (光文

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『安岡章太郎 戦争小説集成』(安岡章太郎)_書評という名の読書感想文

『安岡章太郎 戦争小説集成』安岡 章太郎 中公文庫 2018年6月25

『リリース』(古谷田奈月)_書評という名の読書感想文

『リリース』古谷田 奈月 光文社 2016年10月20日初版 リ

『ユートピア』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文

『ユートピア』湊 かなえ 集英社文庫 2018年6月30日第一刷

『暗幕のゲルニカ』(原田マハ)_書評という名の読書感想文

『暗幕のゲルニカ』原田 マハ 新潮文庫 2018年7月1日発行

『もう「はい」としか言えない』(松尾スズキ)_書評という名の読書感想文

『もう「はい」としか言えない』松尾 スズキ 文藝春秋 2018年6月3

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑