『ミーツ・ガール』(朝香式)_書評という名の読書感想文
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『ミーツ・ガール』(朝香式), 作家別(あ行), 書評(ま行), 朝香式
『ミーツ・ガール』朝香 式 新潮文庫 2019年8月1日発行
この肉女を、なんとかしてくれ! 大学一年のワタベは、巨体で激臭漂う熊堀サトミと隣の席に。すぐアパートに居座られ、コンビニのホットスナック 「マンガ肉」 を日夜買いに走らされる。そんな生活が三ヶ月続き、遂に熊堀を追い出したワタベ。だが十年後、彼女がバーの店長をしていると知り・・・・・・・。R – 18文学賞大賞受賞作を含む、不器用な男女の激しく切ない恋愛小説集。『マンガ肉と僕』 改題。(新潮文庫)
物語は、
・マンガ肉と僕
・アルパカ男と私
・水玉×チェック
・記念日
・スミレ咲くころ
- と続きます。(バカバカしいのは最初、ほんのちょっとの間です)
2002年、二人は期せずして出会います。が、それだけでは終わりません。
半径一キロの中に同じコンビニがこんなにあるなんて意味がわからない。それを全部回っている僕も意味不明だ。でも、マンガ肉が見つからないから仕方がない。
マンガ肉の有無は店内に入って一秒でわかる。この緑色を基調としたコンビニの看板商品だから、レジ横のケースの中が定位置だ。アニメの原人が食べていたマンモス肉の形に似せた、骨付きのから揚げ。縦長の食品ケースに、塩味、バーベキュー味、そして期間限定フレーバー (今はバジル)、と三種類並んでいる。一軒目はケースが空っぽ。滞在時間二秒。自転車で三、四分の二軒目に行ってみると、バーベキュー味しかなかった。あいつは 「バーベキュー味は認めてない」 というから、三軒目に行くしかない。そこでようやく、奴の好物の塩味を三本と、おまけのバジル味を一本手に入れた。
報告のために奴に電話する。
「塩三本、入手」
「遅いし。カールでお腹いっぱいじゃん」
「・・・・・・・すいません」
こうして電話で話すだけでも、三日は洗っていないあいつの髪の臭気と、それ以上に強烈な香水の匂いが漂ってくる気がする。
あいつは最近、また一割ほど増量したように思う。ありえない量の肉とスナック菓子によって。肉に食らいつくあいつの姿は、昔見た、生物の教養番組を思い出させる。強い個体は弱い個体を犠牲にして生存の道を選ぶ。それは生物の遺伝子に組み込まれた情報だそうだ。えげつなく思えるが、そうして弱い個体が淘汰され生存能力の強い個体が増えると、全体のポテンシャルが上がるので、種の繁栄にはえげつない個体が必要なのだという。
ひ弱なワタベと肉女・サトミの同居は、三ヶ月にも及びます。
「お前、おっせーし」
「何軒も回ったから、遅くなって」
奴が小馬鹿にした様子で鼻を鳴らした。
「まさか、ケースに無かったとか言うんじゃねえだろうな。店員に言やあ新しいの揚げてくれんだっつうの。なに他の店とか回ってんの、馬鹿じゃん」
そもそもこいつの使い走りをさせられていること自体が理不尽なのだが、世慣れたその言い分に負けた。男は目先の理屈に弱い。
あるいは、こんなことも。
ソファに腰掛けた奴の短いスカートから、二匹の豚みたいな両脚が伸びている。特に膝のあたりの肉ヒダは筆舌に尽くし難い。その下は四方に散らかったスネ毛がびっしりだ。
「毛の処理とか、しないんだ」
せめて一矢報いるつもりで、勇気をふり絞って言ってみた。
「は? 必要ねえし。セックスしに来たわけじゃあるまいし」
でかくて凄みのある奴の目でじろりと睨まれ、何も悪いことをしていない僕のあそこが縮み上がった。(第一章 「マンガ肉と僕」 より)
※サトミがワタベの部屋から出て行ったのは、すったもんだの末のことでした。サトミは、「言っとくけど、お前なんかよりあたしの方が、ずっと必死だからな」 という謎の言葉を残して出て行ったのでした。
2012年、二人は再び出会うことになります。(10年前とはまるで違う意味で) が、それだけでは終わりません。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆朝香 式
1971年愛知県生まれ。
早稲田大学第一文学部卒業。
作品 2013年、「マンガ肉と僕」 で 「女による女のためのR – 18文学賞」 大賞を受賞。著書に、受賞作を収録した 『ミーツ・ガール』、『パンゲア5』 がある。
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