『私のことならほっといて』(田中兆子)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/09
『私のことならほっといて』(田中兆子), 作家別(た行), 書評(わ行), 田中兆子
『私のことならほっといて』田中 兆子 新潮社 2019年6月20日発行
![](http://choshohyo.com/wp-content/uploads/2024/01/719Lz1bPnL._AC_UL320_-1.jpg)
彼女たちは、SEX以上の快感を知っている - 。一筋縄ではいかない 《女のエロス》 に迫る全7篇。
自分を裏切った男にリベンジするため、届けられた亡夫のアレを始末するため、ついには人類という種の保存のため・・・・・・・!? 愛する人に去られても、そもそも相手すらいなくても、あふれ出す衝動と愛に振り回される女たち。『甘いお菓子は食べません』 で圧倒的支持を得た著者が魅せる、涙が出るほど切なく可笑しい官能作品集。(新潮社)
女の官能がテーマの短編集であるせいか、収録された七本の短編には、軽薄な優男しか出てこない。男の頼りなさ、薄情さが女の主体性を引き出し、欲望を呼び起こすのだろう。
男が意図的にバカを演じているようにも思えるのは、軽薄であることが女性のエロスをかきたてることを知っているからか。それでも、女が満足するところになんて手が届かない。そこまで一生懸命になる気もない。結果、永遠に両者の願いが重なることはない。
だからエロいのだ。興奮するのだ。
かつての職場の後輩に関西学院大学を出た奴がいた。関西学院といえば関西ではそれなりに名の知れた大学で、並みの学力では入れない。奴も、そういう意味では優秀ではあった。
けれど優秀と有能は別物で、超が付くほど真面目な奴は、かえってその性格が災いし、期待ほどには仕事ができなかった。空気が読めず、先も読めない。地味で真面目で、面白味の欠片も無い。二十四にもなって好きな女の手さえ握れない。
読みながら、僕はずっと物語の視点人物である女と同化していた。あの彼にも、どの彼にも衝動が沸き起こった。それは、女に同化して男に興奮することであって、心地良い違和感と胃のあたりのもやもやが同居する。
でも突然、パッと俯瞰して主人公の女性を性的な欲望の対象として見ている時もある。
忙しい。こんなに穏やかで優しい文章なのに僕の心は忙しい。
主観と客観が入れ替わる。僕は誰なんだ。誰に興奮しているんだ。いや、何に興奮しているんだ。いや興奮しているわけではない。主人公と同化しているだけなんだ。実際に身体が反応しているわけでもない。気持ちが整理できない --。
ちょっと何が言いたいのか、わからない。その点女は賢明で、自分の気持ちに忠実で、余計なことは考えない。自分のため 「だけ」 に性と向き合っている。如何ともし難いが - 彼女たちは、「愛される」 以上の快感を知っている。
すると、どうだろう。記憶の断片とも呼べないような、忘れ去ったはずの邪な欲望が、罪悪感が、後悔が、次々と蘇ってくる。
ほとんど話したことがない、顔にアザがあったサッカー部の同級生のことをたまに思い出す。友達の、顔も覚えていない離婚した元妻のことをたまに考える。小学生の時の隣の席の勉強が出来る女子のキラキラした腕毛をはっきりと覚えている。そして、グラスを片手に大きな夢を語っている軽薄な優男は -- もしかして、いつかの僕か。
いつかの彼女にも、昔あったあれやこれやを思い出し、身もだえて眠れなくなるような、そんな夜があるのだろうか。全部を見透かされ、居ても立ってもいられなくなるような。突然誰かを、好きになるような。そんなことがあるのだろうか。
何を書いているんだ。
表題の 『私のことならほっといて』 のように、僕のことも、もうほっておいてほしい。この本には、男であれ、女であれ、必ず自分がいる。自分とは違う性の、違う人生を生きる登場人物と同化することで、素の自分の欲望を感じることが出来る。たとえば男である僕は、女たちの本当の願いに、その時はじめて気づくことができるのだろう。(波 2019年7月号より抜粋/手塚マキ 「歌舞伎町ブックセンター」 オーナー)
この本を読んでみてください係数 85/100
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◆田中 兆子
1964年富山県生まれ。
作品「甘いお菓子は食べません」「劇団42歳♂」「徴産制」など
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