『私の命はあなたの命より軽い』(近藤史恵)_書評という名の読書感想文

『私の命はあなたの命より軽い』近藤 史恵 講談社文庫 2017年6月15日第一刷

東京で初めての出産を間近に控えた遼子。だが突如、夫が海外に赴任することになったため、実家のある大阪で里帰り出産をすることに。帰ってみると、どこかおかしい。仲が良かったはずなのに誰も目を合わせようとしないし、初孫なのに、両親も妹も歓迎してくれていないような・・・・・。私の家族に何があったのか? (講談社文庫)

舞台は大阪。ここに、ある家族がいます。父は市役所に勤める公務員。母は薬剤師としてドラッグストアで働いています。彼ら夫婦には二人の娘がいます。姉の遼子と妹の美和。二人は9歳違い。遼子が24歳で結婚した時、美和はまだ15歳。中学3年生です。

姉妹を較べてみると、とりたてて目立つところがなく凡庸なのが、遼子。対して、美和は学力優秀で、身長は高く167センチもあり、色白で、切れ長の涼しい目をしています。すべてが平凡な遼子と違い、美和は才色兼備の女性です。

遼子は、もしも美和とたいして歳が離れていなかったとしたら、妹に対してコンプレックスを抱いただろうと思っています。随分と離れているからこそ、美和に引け目を感じず、妹として可愛がることができたのだ - 遼子はそんなふうに思っています。

遼子は早くに実家のある大阪を離れ、東京で暮らしています。克哉とは会社で知り合い、付き合って1年と少しでプロポーズされて結婚。奥手の遼子にとって克哉は初めての男性です。若くして結婚した(できた)ことは、遼子にとって大きな自信となります。

結婚後、すぐに遼子は妊娠します。やがて臨月になりいざ出産という間際になって、克哉は仕事でドバイへ行くことになります。行かないでほしいと訴える遼子。何かと理由を付けて宥める克哉。一人で大丈夫だろうと言われるも、それは耐え難く、思いあぐねた遼子は、仕方なく実家へ帰り出産しようと決意します。

できれば実家へは帰らずに、東京にいて克哉と二人で新しい命の誕生を祝いたかった - 遼子には実家へ「帰りたくない」理由があります。なぜなら、それは今ある実家が、かつて遼子が暮らした家ではなくなっているということです。

去年、実家の家族は新しい一軒家に引っ越しをしています。同じ大阪府下で、前の家とそう遠くない場所なのですが、遼子はそれから何となく足が遠のいてしまっています。

遼子にとって、今の実家はもう自分の家ではないような気がしています。新築に合わせて家具さえも一新されてしまった今の家には居場所がない、自分のいる空間がどこにもないように感じられ、昔みたいに寛ぐことができません。
・・・・・・・・・
さて、ここらあたりまでが物語の前段です。

心ならずも実家のある大阪へ帰り、初めての出産を迎えようとする遼子。突然ではあったものの、それは(両親にも妹にも)祝福されて当然の慶事であり、(自分は間違いなく)歓迎されるであろうと信じて疑わないことでした。

ところが、最初遼子が電話で予定を伝えた時、それを聞き取った母は、しばらくの間黙ったまま返事をしません。孫の誕生を喜び、快く迎えてくれるだろうと思っていたら、急なことゆえ父と相談して改めて連絡すると言います。

「迷惑をかけてごめんね」と言いながら、遼子は母の反応にいたく傷ついたのでした。

思えば、そこからすでに何かがおかしかったのです。帰ってみると、それは尚一層顕著なものになります。仲が良かったはずなのに、三人の家族は互いに目を合わせようとしません。特に美和。美和は、父に向かって、蔑むような口をききます。

それとは別に(あるいはそれに加え)、父は新築早々の家を急ぎ売ろうとしています。長いマンション住まいの後、ようやくにして念願の一軒家を手に入れたと思いきや、何があったのか、今度は慌ててそれを手放そうとしています。

遼子が東京へ出た後、残った家族に何があったのか。遼子が実家にいた頃の美和と、今の美和とは明らかに何かが違っています。美和と父は反目し、母はひたすら何かに耐えているように感じられます。

遼子の出産に際しては誰もが気遣い、気遣っているからこそ、(核心に触れるようなことを避けながら) わざと話しているのがわかります。

この本を読んでみてください係数  80/100

◆近藤 史恵
1969年大阪府生まれ。
大阪芸術大学文芸学科卒業。

作品 「サクリファイス」「凍える島」「カナリアは眠れない」「ねむりねずみ」「巴之丞鹿の子」「天使はモップを持って」他多数

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