『トリニティ』(窪美澄)_書評という名の読書感想文

『トリニティ』窪 美澄 新潮文庫 2021年9月1日発行

トリニティ (新潮文庫)

織田作之助賞受賞、直木賞候補 
今を生きるすべての女性に捧ぐ 著者の新たな代表作

仕事、結婚、男、子ども。私はすべて手に入れたい。欲張りだと謗られても - 。1960年代、出版社で出会った三人の女。ライターの登紀子は、時代を牽引する雑誌で活躍。イラストレーターの妙子は、才能を見出され若くして売れっ子に。そして編集雑務の鈴子は、結婚を機に専業主婦となる。変わりゆく時代の中で、彼女たちが得たもの、失ったもの、そして未来につなぐものとは。渾身の長編小説。(新潮文庫)

トリニティ (trinity)
三重、三組、三つの部分。定冠詞が付いた大文字で始まる the Trinity はキリスト教における三位一体を意味する。

主人公は、1964年、創刊されたばかりの雑誌の編集部で出会った三人の女。ひとりはライター、ひとりはイラストレーター、もうひとりは編集雑務を担当する出版社社員である。その雑誌は若い男性向けの週刊誌で、新聞社や文芸系の出版社による従来の週刊誌とは一線を画す、ビジュアル重視の新しい雑誌だった。小説の中では潮汐出版の 「潮汐ライズ」 という雑誌になっているが、ファッションはもちろん、先端のカルチャーから社会問題までを扱い、三島由紀夫や野坂昭如も寄稿した雑誌といえば、多くの人は、ああ、あの雑誌かと思い当たるだろう。

イラストレーターは、二十二歳の若さでこの雑誌の表紙を描き、時代の寵児になった妙子。ライターは、売れっ子のフリーランサーで、同じ出版社がその後に創刊するファッション誌の文体を生み出すことになる登紀子。そして、高卒で入社し、当然のように仕事より結婚を選ぶ鈴子。まったく異なる能力と価値観を持った三人が、当時の先端メディアだった雑誌の世界で、つかの間のかかわりをもつ。(解説より)

出自もその後の人生もまるで異なる三人は、その時代を象徴するある出来事で、偶然にも、思いもしなかった連帯感を共有するに至ります。案外それは強固なもので、職場を離れ、歳を取っても途絶えることがありません。

三人の中で妙子だけが仕事と結婚と子どものすべてを手に入れた。得たものを手放さないために死ぬほど努力した彼女は、次第に周囲から煙たがられ、トラブルメーカーと言われるようになる。そして孤独な死を迎えるのだ。ライターとして一時代を画した登紀子も、かつての知人に小金を借りて回る老女となる。経済的にも恵まれた穏やかな老後を送っているのは、専業主婦となった鈴子だけである。

仕事を選んだ女は、その報いを受けたということだろうか。いや、そうではない。冒頭に老女として登場する三人の、そこに至るまでの過去が語られていく中で、読者が立ち会うのは、それぞれの人生のきらめくような瞬間だ。それは必ずしも幸福な瞬間ではない。だがそこには、選ぶという行為 それは選ばなかったものを捨てる 行為でもあるのもつ、痛みを伴う美しさがある。(解説の続き)

三人の中で一番凡庸だった鈴子が、結果として一番穏やかな老後を生きている - 妙子は死に、登紀子は今まさに死のうとしています。

但し、著者が読ませたいのは、そこではありません。読むべきは、三人三様に、そこに至るまでにした 「取捨選択」 ではないかと。妙子がした血の滲むような努力。登紀子の密かな決意。それらは時代にあって何より得難く、特に胸に迫って美しい。

各々の人生を通し、後の時代に生きるわれわれが学ぶべきこととは、いったい何なのでしょう? 今を生きるすべての女子に尋ねてみたい。貴女は誰の人生を善しとしますか? 鈴子ですか。妙子ですか。それとも、登紀子でしょうか。

※読み終えた時、「これが直木賞だろう」 と思いました。そのとき受賞したのが大島真寿美の 『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』 で、候補作の中には朝倉かすみの 『平場の月』 がありました。全部読みました。全部直木賞でいいと思います。

この本を読んでみてください係数 85/100

トリニティ (新潮文庫)

◆窪 美澄
1965年東京都稲城市生まれ。
カリタス女子中学高等学校卒業。短大中退。

作品 「晴天の迷いクジラ」「クラウドクラスターを愛する方法」「アニバーサリー」「雨のなまえ」「ふがいない僕は空を見た」「さよなら、ニルヴァーナ」「アカガミ」他多数

関連記事

『錆びる心』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『錆びる心』桐野 夏生 文芸春秋 1997年11月20日初版 錆びる心 (文春文庫) &

記事を読む

『罪の轍』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『罪の轍』奥田 英朗 新潮社 2019年8月20日発行 罪の轍 奥田英朗の新刊 『罪の

記事を読む

『翼』(白石一文)_書評という名の読書感想文

『翼』白石 一文 鉄筆文庫 2014年7月31日初版   翼 (鉄筆文庫 し

記事を読む

『自覚/隠蔽捜査5.5』(今野敏)_書評という名の読書感想文

『自覚/隠蔽捜査5.5』今野 敏 新潮文庫 2017年5月1日発行 自覚: 隠蔽捜査5.5 (

記事を読む

『ツタよ、ツタ』(大島真寿美)_書評という名の読書感想文

『ツタよ、ツタ』大島 真寿美 小学館文庫 2019年12月11日初版 ツタよ、ツタ (小学館

記事を読む

『FLY,DADDY,FLY』(金城一紀)_書評という名の読書感想文

『FLY,DADDY,FLY』金城 一紀 講談社 2003年1月31日第一刷 フライ,ダディ,

記事を読む

『照柿』(高村薫)_書評という名の読書感想文

『照柿』高村 薫 講談社 1994年7月15日第一刷 照柿〈上〉 (新潮文庫) おそらくは、それ

記事を読む

『天頂より少し下って』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『天頂より少し下って』川上 弘美 小学館文庫 2014年7月13日初版 天頂より少し下って (

記事を読む

『203号室』(加門七海)_書評という名の読書感想文

『203号室』加門 七海 光文社文庫 2004年9月20日初版 203号室 (光文社文庫) 「ここ

記事を読む

『日没』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『日没』桐野 夏生 岩波書店 2020年9月29日第1刷 日没 ポリコレ、ネット中傷、

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『はるか/HAL – CA』(宿野かほる)_書評という名の読書感想文

『はるか/HAL - CA』宿野 かほる 新潮文庫 2021年10月

『変な家』(雨穴)_書評という名の読書感想文

『変な家』雨穴 飛鳥新社 2021年9月10日第8刷発行 変な

『でえれえ、やっちもねえ』(岩井志麻子)_書評という名の読書感想文

『でえれえ、やっちもねえ』岩井 志麻子 角川ホラー文庫 2021年6

『推し、燃ゆ』(宇佐見りん)_書評という名の読書感想文

『推し、燃ゆ』宇佐見 りん 河出書房新社 2021年3月15日40刷

『そこにいるのに/13の恐怖の物語』(似鳥鶏)_書評という名の読書感想文

『そこにいるのに/13の恐怖の物語』似鳥 鶏 河出文庫 2021年6

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑