『本性』(黒木渚)_書評という名の読書感想文
『本性』黒木 渚 講談社文庫 2020年12月15日第1刷
異常度 ★★★★★
孤高のミュージシャンにして小説家、黒木渚ワールド全開の短編集! 震えろ、この才能に。「あなた、一年後に死ぬわよ」。嘘っぱちの予言から二年。全てを吹っ切って “普通” から飛び出したサイコは、地蔵と結婚したエリと奇妙な同居生活を送っている。ある晩二人は、浮気したという地蔵に別れを告げるべく中目黒の道端に返しに行くが - (「超不自然主義」) 人間の内なる歪さに、華麗に切り込む短編集。(講談社文庫)
目次
・超不自然主義
・東京回遊
・ぱんぱかぱーんとぴーひゃらら
「あなた、一年後に死ぬわよ」
ぶくぶくに太った中年の占い女に言われてから二年。
生き残った私はあの時よりも断然生きている。断然生きているし、スーパー健全な精神でもって楽しくやっている。
エリちゃんは私より多分七歳くらい年上だけど、童顔でかわいい顔をしていると思う。三十代には全然見えないし、色が白くて処女みたいな清潔感がある。私が帰ると、夕食を作ってくれている時もあって、何かとよくしてくれる。
でも、何ていうか、エリちゃんはひどくこじらせている。どうしようもないことを、ミキサー車みたいにお腹の中で撹拌し続けるタイプで、私はその面倒くささに付き合う代わりに、3LDKのエリちゃんちの一間に居候させてもらっているのだ。
「・・・・・・・サイコ、私決めたよ」
「何を? 」
「別れることにした」
エリちゃんの目に再び涙がこみあげる。みるみるうちに涙の粒が膨らんで、目の縁からこぼれ落ちた。
「別れるって、旦那さんとってこと? 」
「それ以外に誰と別れるのよ」
「そっか。それは分った・・・・・・・けど」
正直、いまいち状況が分かっていなかった。
私はつい今しがた帰宅したばかりだし、まだ腰も下ろさないうちにそんなことをいわれてもね。それに一番不可解なのは、エリちゃんと旦那さんが離婚するとして、そもそも二人は正式に結婚などしていない、ということだ。だって、エリちゃんの旦那さんは地蔵なのだ。中目黒の一角に祀ってあった石の地蔵。(本文より抜粋)
「何で別れんの? 」 とサイコが訊くと、エリちゃんは 「浮気・・・・・・・だと思う」 と、赤くテカった鼻をティッシュで何度もこすりながら息を整え、そう答えたのでした。
えっ!? なに? それって・・・・・・・どゆこと???
笑ってはいけません。石の地蔵がどうかはともかくも、エリちゃんにとっては正真正銘の一大事 - 彼女は 「対物性愛」 という性向の持ち主で、無機質なモノしか愛することができません。人とは交わらず、三十代になった今もエリちゃんは純然たる処女なのでした。
※人間の “本性” に関わる短編が三作品。人の内なる歪さは、内なる故に、遠くからではわかりません。身近にいて、本気に付き合ってみて、初めて気付くことになります。そう思うと、多くの場合、私たちは一体どこの “誰と” 付き合っているのでしょう? そんなことを考えました。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆黒木 渚
1986年宮城県日向市生まれ。
福岡教育大学卒業。シンガーソングライター・小説家。
大学時代に作詞作曲を始め、ライブ活動を開始。また、文学の研究にも没頭し、大学院まで進む。2012年、「あたしの心臓あげる」 でデビュー。14年、ソロ活動を開始。17年、アルバム 「自由律」 限定盤Aの付録として書き下ろされた小説 「壁の鹿」 を、初の単行本 「本性」(本書) と同時に刊行し、小説家としての活動も始める。他に 「鉄塔おじさん」「呼吸する町」「檸檬の棘」 などがある。
関連記事
-
-
『泡沫日記』(酒井順子)_書評という名の読書感想文
『泡沫日記』酒井 順子 集英社文庫 2016年6月30日第一刷 泡沫日記 (集英社文庫)
-
-
『じっと手を見る』(窪美澄)_自分の弱さ。人生の苦さ。
『じっと手を見る』窪 美澄 幻冬舎文庫 2020年4月10日初版 じっと手を見る (幻冬舎文
-
-
『プリズム』(百田尚樹)_書評という名の読書感想文
『プリズム』百田 尚樹 幻冬舎文庫 2014年4月25日初版 プリズム (幻冬舎文庫)
-
-
『二人道成寺』(近藤史恵)_書評という名の読書感想文
『二人道成寺』近藤 史恵 角川文庫 2018年1月25日初版 二人道成寺 (角川文庫)
-
-
『ニシノユキヒコの恋と冒険』(川上弘美)_書評という名の読書感想文
『ニシノユキヒコの恋と冒険』川上 弘美 新潮文庫 2006年8月1日発行 ニシノユキヒコの恋と
-
-
『ハコブネ』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文
『ハコブネ』村田 沙耶香 集英社文庫 2016年11月25日第一刷 ハコブネ (集英社文庫)
-
-
『抱く女』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文
『抱く女』桐野 夏生 新潮文庫 2018年9月1日発行 抱く女 (新潮文庫) 女は男の従属物
-
-
『花の鎖』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文
『花の鎖』湊 かなえ 文春文庫 2018年8月1日19刷 花の鎖 (文春文庫) 両親を亡くし
-
-
『BUTTER』(柚木麻子)_梶井真奈子、通称カジマナという女
『BUTTER』柚木 麻子 新潮文庫 2020年2月1日発行 BUTTER (新潮文庫 ゆ
-
-
『リリース』(古谷田奈月)_書評という名の読書感想文
『リリース』古谷田 奈月 光文社 2016年10月20日初版 リリース 女性首相ミタ・ジョズ