『ぼくの死体をよろしくたのむ』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『ぼくの死体をよろしくたのむ』川上 弘美 新潮文庫 2022年9月1日発行

うしろ姿が美しい男に恋をし、銀色のダンベルをもらう。掌大の小さな人を救うため、銀座で猫と死闘。きれいな魂の匂いをかぎ、夜には天罰を科す儀式に勤しむ。精神年齢の外見で暮らし、一晩中ワルツを踊っては、味の安定しないお茶を飲む。きっちり半分まで食べ進めて交換する駅弁、日曜日のお昼のそうめん。恋でも恋じゃなくても、大切な誰かを思う熱情がそっと心に染み渡る、18篇の物語。(新潮文庫)

ここではないどこかへつれだす18の短篇 - その中の一篇 「二百十日

風の強い日だった。
先週電話があって、萩原の伯母が来る約束になっていたのだけれど、なんだか伯母は来ないのではないかという予感がしてならなかった。
ときどきあたしは、こういう勘がはたらく。


三時半ごろに、インターフォンが鳴った。
るかです
子供の声だった。

伯母は、足をくじいたのだという。
一人で来たの?
るかは、うなずいた。小さな手提げかばんを持ち、背中にはリュックをしょっていた。

学校は、と、るかに聞いた。
行ってないんです、今は。るかは下を向いて答えた。
登校拒否?
ずけずけ聞くと、るかはうっすらと笑った。

伯母が泊まることになっていた小さな洋間に、るかを連れていった。連れていくといっても、狭いマンションの中だ。数歩歩いたところにあるはずなのだけれど、なかなか洋間にたどり着かない。

あんた、魔法かなんか、使ってるの
なんだかいらいらしたので腹立ちはんぶんに聞いたら、るかはうなずいた。
はい。少し、使えます。たいしたことはないけれど

ようやく洋間についたので、るかのかばんを広げた。下着と、Tシャツが数枚にパジャマ、それにぬいぐるみの人がたが一つ、入っていた。

勉強道具がないよ
勉強は、しません
ふうん、と言うと、るかは上目遣いであたしを見た。
そういう目つき、しないで。感じ悪いから
下から見るとこういう目つきになるので、しょうがないんです
るかは、人がたを出窓のところに置いた。風がガラスを鳴らした。(本文より/冒頭部分を抜粋)

るかは 「本当は萩原 (の伯母) に連れてきてもらうはずだった」 と言い、「しばらくお世話になる予定だった」 と。あたしは何も聞いていません。男の子を連れてくるなんて、伯母はひとことも言っていなかったし、、そのうえ、滞在するなんて・・・・・・・。

るかにはとりあえず麦茶を出しおき、伯母の携帯に連絡するも留守電で、用件は入れずに、仕方なくあたしは電話を切ったのでした。

るかが来て、五日が経ちました。ほぼ寝たきりだった萩原の伯父が亡くなったという知らせが来たのは、その日の夜のことでした。

そののち、ようやくにして事の真実が明らかになります。

※18ある中で、これはまだ比較的 “わかりやすい” 話の範疇で、本のタイトルになっている 「ぼくの死体をよろしくたのむ」 に登場する娘の黒河内瑠莉香が、父が書いた遺書らしきものに対して吐いた 「何ですか、これ」 - みたいな話がたくさん出てきます。力まず、無理に理解しようとしないことです。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆川上 弘美
1958年東京都生まれ。
お茶の水女子大学理学部卒業。

作品 「神様」「溺レる」「蛇を踏む」「真鶴」「ざらざら」「センセイの鞄」「天頂より少し下って」「水声」「どこから行っても遠い町」「大きな鳥にさらわれないよう」他多数

関連記事

『ブルーもしくはブルー』(山本文緒)_書評という名の読書感想文

『ブルーもしくはブルー』山本 文緒 角川文庫 2021年5月25日改版初版発行 【

記事を読む

『フォルトゥナの瞳』(百田尚樹)_書評という名の読書感想文

『フォルトゥナの瞳』百田 尚樹 新潮文庫 2015年12月1日発行 幼い頃に家族を火事で失い天涯孤

記事を読む

『震える天秤』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『震える天秤』染井 為人 角川文庫 2022年8月25日初版発行 10万部突破 『

記事を読む

『だれかのいとしいひと』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『だれかのいとしいひと』角田 光代 文春文庫 2004年5月10日第一刷 角田光代のことは、好きに

記事を読む

『銀河鉄道の父』(門井慶喜)_書評という名の読書感想文

『銀河鉄道の父』門井 慶喜 講談社 2017年9月12日第一刷 第158回直木賞受賞作。 明治2

記事を読む

『僕が殺した人と僕を殺した人』(東山彰良)_書評という名の読書感想文

『僕が殺した人と僕を殺した人』東山 彰良 文藝春秋 2017年5月10日第一刷 第69回 読売文

記事を読む

『恋ははかない、あるいは、プールの底のステーキ』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『恋ははかない、あるいは、プールの底のステーキ』川上 弘美 講談社 2023年8月22日 第1刷発

記事を読む

『黒い家』(貴志祐介)_書評という名の読書感想文

『黒い家』貴志 祐介 角川ホラー文庫 1998年12月10日初版 若槻慎二は、生命保険会社の京都支

記事を読む

『橋を渡る』(吉田修一)_書評という名の読書感想文

『橋を渡る』吉田 修一 文春文庫 2019年2月10日第一刷 ビール会社の営業課長

記事を読む

『羊は安らかに草を食み』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『羊は安らかに草を食み』宇佐美 まこと 祥伝社文庫 2024年3月20日 初版第1刷発行 認

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『つまらない住宅地のすべての家』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『つまらない住宅地のすべての家』津村 記久子 双葉文庫 2024年4

『悪逆』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『悪逆』黒川 博行 朝日新聞出版 2023年10月30日 第1刷発行

『エンド・オブ・ライフ』(佐々涼子)_書評という名の読書感想文

『エンド・オブ・ライフ』佐々 涼子 集英社文庫 2024年4月25日

『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」 23年間の記録』(清武英利)_書評という名の読書感想文

『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」 23年間の記録』清武 英利 

『メイド・イン京都』(藤岡陽子)_書評という名の読書感想文

『メイド・イン京都』藤岡 陽子 朝日文庫 2024年4月30日 第1

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑