『福袋』(角田光代)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/10
『福袋』(角田光代), 作家別(か行), 書評(は行), 角田光代
『福袋』角田 光代 河出文庫 2010年12月20日初版
私たちはだれも、中身のわからない福袋を持たされて、この世に生まれてくるのかもしれない・・・・・・・見知らぬ客から段ボール箱を預かったバイト店員。はたしてその中身とは? 家を出ていった夫の同窓会に、代理出席した離婚間近の妻。そこで知った夫の過去とは!? 自分の心や人生の “ブラックボックス” を思わず開けてしまった人々を描く、八つの連作小説集。(河出文庫)
[福袋]
一人暮らしをする私のアパートを母が訪ねてきたのは二年前である。仕事を終えてアパートに戻ると、共同ポストの前にぽつねんと母が立っていた。部屋に招き入れると、あの子から電話がきたのだと母は言った。借金の申し入れがあったらしい。もちろん母は断った。
縁を切ったのだ。最初からいない人なのだ。すると兄は 「おまえなんてさっさと死ねばいい」 と捨てぜりふを残して電話を切ったらしかった。ねえ、かよ子。私のアパートで、並べて敷いた布団に正座して、母はつぶやくように言った。私は何を産んだのかしらねえ。何を育てたのかしらねえ。(P222)
母が入院するのはその一年後、入院したときはすでに手術すら不可能な末期の胃癌でした。強いストレスで胃に腫瘍ができることがあると医者から聞かされたとき、かよ子が真っ先に思ったのは兄でした。ああ、兄は言葉通り、母を殺してしまうんだなあ、と。
痛みを和らげる強い薬が投与されることになったのが十月の半ばで、亡くなったのは十一月初めの頃でした。その間、ほとんど眠っている母が、目を覚まして話すのは兄のことでした。封じていたものが一気に溢れ出すように、母は兄のことばかりを話すのでした。
なんだったんだろうな、と母の葬儀のあとで父がつぶやいた。泰弓っていうのは、かあさんにとっていったいなんだったんだろうな。どこにいるのかわからないまま音信の途絶えた息子を、母に会わせなかったことに罪悪感を覚えているような口ぶりだった。
山口三重子と名乗る女から実家に電話が入ったのは初七日の日で、私は忌引きでまだ家にいた。電話に出た父に、自分たちは結婚するから近いうちに挨拶にいくとその女は言った。泰弓を息子だとは思っていないので、挨拶にくる必要はまったくないと父が言ったところ、女はけらけらと笑い、息子だと思っていなくたって息子じゃあありませんか、と言ったらしい。(P223.224)
次に電話がかかってきたのは正月で、実家に帰っていたかよ子が電話に出ると、三重子は泣きながら、泰弓がいなくなってしまったと言い、泰弓の居場所に心当たりはないかとさらに泣きます。
また連絡しますという三重子に、かよ子が自分の暮らすアパートの電話番号にかけるように言ったのは、これ以上父に、兄のことで心を砕かせたくなかったからでした。
泰弓が見つかった、大阪にいると聞いた、いっしょに会いにいこうと女から電話をもらったとき、会うつもりはないと言いかけ、いきましょうと言いなおした。私は兄に言ってやるつもりだった。私は何を産み何を育てたのかという母の言葉を言ってやるつもりだった。あんたの言葉通り母は死んだのだ、満足したかと言ってやるつもりだった。ひっかき傷でもかすり傷でもいいから、兄を傷つけて、傷ついた兄を見ても自分がなんにも感じないことを確認したら、もう二度と、本当に二度と、兄とは会わないつもりだった。(P224)
- こんな事情なもとに、かよ子と三重子は、兄・泰弓が働いているという道頓堀の雑居ビルにある 「麺キング道頓堀店」 を目指し、炎天下、二人して大阪の繁華街をさまようように歩き続けています。
一人は、結婚届を出そうというまさにその日に行方をくらました恋人に是が非でも会いたいと願い、一人は、父や死んだ母に代わって、かつて幼い頃は心から愛していたものに、侮蔑を込めた思いの丈をぶつけようと心して -
泰弓というのは、所詮愚にも付かない人物です。彼はいったい何のために生まれてきたのでしょうか? 生まれたことに、意味があるのかないのか - そしてそれは 「福袋」 とどう関係しているのでしょう。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆角田 光代
1967年神奈川県横浜市生まれ。
早稲田大学第一文学部文芸専修卒業。
作品 「空中庭園」「かなたの子」「対岸の彼女」「紙の月」「八日目の蝉」「笹の舟で海をわたる」「ドラママチ」「愛がなんだ」「坂の途中の家」他多数
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