『蓮の数式』(遠田潤子)_書評という名の読書感想文

『蓮の数式』遠田 潤子 中公文庫 2018年1月25日初版


蓮の数式 (中公文庫)

35歳のそろばん塾講師・千穂は不妊治療を始めて10年。夫と義母からの度重なる嫌味に耐え続けてきた。ある日、夫の運転する車がひとりの男と接触してしまう。「金で解決しろ」と事故の処理を夫から押し付けられた千穂は、男の不可解な行動を見てディスカリキュリア(算数障害)なのではないかと気づく。過去に、そろばん塾に通っていたディスカリキュリアの少女を助けられなかった経験があり、男の苦悩を理解し手をさしのべようとする千穂。だが、その行動を訝しみ嫉妬する夫は、異常な行動に出て千穂を追い詰める。これまで抑えてきた感情を爆発させた千穂は、ある事件を引き起こしてしまうのだった - 。愛を知らない男と愛を忘れてしまった女の逃避行が始まる!  文芸評論家たちから絶賛の気鋭が放つ最新長篇。(アマゾン内容紹介より)

今朝の新聞にこんな記事が載っていました。英国人作家・カズオ・イシグロのノーベル文学賞受賞に対し、「彼の作品のどんな点が評価されたのか」という問いに、選考に当たるスウェーデン・アカデミーの会員の一人で、ストックホルム大名誉教授のアンデシュ・オルソン氏は、「人生において大きな間違いを犯した人間を決して見捨てない。作品から個人への深い尊敬の念を感じる」と評しています。

そして文章は、「原初の記憶の喪失」「アイデンティティーを探す困難さ」といった作品に通底するテーマも重要だ、と続き、「どんな人でも、自分の人生を彼の作品の中に見つけ出すことができる」と締め括られています。

ノーベル賞作家のことが言いたいわけではありません。遠田潤子の『蓮の数式』を読み終えた翌日の朝刊で、こんな記事に出会うとは思いもしなかった。それを伝えたかったのです。

この小説には、カズオ・イシグロの小説に対するオルソン氏の評価とまるで同じことが書いてある。(少なくとも)私はそう感じたし、だから驚いたのです。

あたし、嬉しいときは透に会いに行かなかった。いやなこと、腹の立つことがあったとき、泣きたいとき、八つ当たりしたいときにだけ行った。透はあたしがどんなに不機嫌でも文句を言わなかった。いつも抱きしめて、ナポリタンを作ってくれた。あたしはそれが当たり前だと思ってた。でも、今から思えば、透をゴミ箱代わりにしてたのと同じ。

父は母の仏壇に線香を上げながら、ぼそりと言った。俺も同じことをしてた。たぶん母さんも、と。

この物語に登場する -「あたし」も透も、主人公の千穂も、千穂の夫・真一と義母・寛子も、「父」の娘・恵梨でさえ。(各々の背景や理由はあるものの)皆が内なる不幸を抱え、鬱々とし、自分が「普通ではない」のに気付きません。彼らは確かに常軌を逸しています。

彼らに対し、恵梨の父・新藤賢治と母・美津子だけは常識人・・・・・、のはずだったのですが。

賢治の善意は、どんなに言っても娘の恵梨には伝わりません。彼女には理解できないのです。母の美津子に至っては、善意が過ぎて、恩を仇で返されるような事態を招くことになります。

 

この本を読んでみてください係数  85/100


蓮の数式 (中公文庫)

◆遠田 潤子
1966年大阪府生まれ。
関西大学文学部独逸文学科卒業。

作品 「月桃夜」「アンチェルの蝶」「鳴いて血を吐く」「お葬式」「あの日のあなた」「雪の鉄樹」「オブリヴィオン」など

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