『とにかくうちに帰ります』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『とにかくうちに帰ります』津村 記久子 新潮社 2012年2月25日発行


とにかくうちに帰ります

 

「家に帰る以上の価値のあるものがこの世にあるのか」・・どうかは分かりませんが、著者曰く、表題作は「人間の帰巣本能を描き、家のお得感をプレゼンしたような」小説です。確かに、いかに豪華な場所にいようとも、〈うち〉以上に人が心から癒されるところはありません。

それが豪雨の中、勤め先から歩いて帰る道中ならなおさらのことです。「とにかくうちに帰ります」は、警報が出て電車が止まりバスの運行もあやしくなるほどの雨のなかを、偶然出会った2人が最寄りの駅を目指してひたすら歩く話です。

2人は、2組います。ひと組は、会社帰りのOL・ハラと同僚で営業部の1年後輩・オニキリ。もうひと組は、2人とは別会社の係長・サカキと小学5年の塾帰りの少年・ミツグ。それぞれは、多少の時間差をもって、埋立洲から本土にある電車の駅を目指しています。

いつも通る橋は事故で通行止め、迂回しろと言われた道は通り慣れていない上に道順がよく分かりません。傘やレインコートはあるものの、濡れた体は次第に冷えて、目的の駅はまだはるか遠くにあります。

ハラの心境-「うちに帰りたい。切ないくらいに、恋をするように、うちに帰りたい」
オニキリは-「俺も帰りたいです。自分の周囲の人たちの健康を願うように、うちに帰りたい」2人はそれぞれ家に辿り着いた後の、緩んだ至福のときを夢想するばかりです。

サカキには、どうしても今日中に家に帰らなければならない理由がありました。明日は、息子のよしひろに会いに行く日で、元嫁が指定した時間に間に合うためには何としても家に帰る必要があったのです。ミツグは、まるで大人のようにサカキの話に相槌をうちます。

ハラは、会社では思いもよらなかったオニキリの素顔をみるのが新鮮な驚きでした。サカキは坊主頭の少年を相手に、妻と別れた経緯や息子に渡すプレゼントの相談を真面目にしています。もし雨でなければ、もし歩いていなければ、おそらくなかった光景です。

やっとの思いでバス停まで辿り着いたハラとオニキリは、ベンチに寝そべるあやしい人物と出会うのですが、これがなんとサカキなのです。ハラと別れたオニキリは、電車を待つホームで今度はミツグと出会います。これもまた、雨の日の偶然です。

多少の「いい話」感があることにはありますが、やはりこれは「うちに帰りたくなる」話です。降りしきる雨に徐々に体が浸食されていく感じがあくまで味気なく、一刻も早くうちに帰り着いて、とにかく温かい風呂に浸かりたい、そう一途に願う話です。
・・・・・・・・・・
津村記久子は面白い話を書くなぁ、とつくづく思います。あまりに当たり前すぎて、他の作家なら数行で済ますような話を、ちゃんと立派な中編に仕上げてみせてくれます。しかも、読みながらクスッと笑い、「そうだ、そうだ」と一人で膝を打つような出来栄えです。

単行本に収められている他の作品、「職場の作法」と「バリローチェのフアン・カルロス・モリーナ」も、ぜひ読んでほしい作品です。表題作に劣らず津村記久子らしい作品で、こっちの方が面白いという読者もたんさんいるようです。

働いていると、理不尽なことが起こるのは当たり前。それにいちいちキレるのではなくて、どう受け流すかという〈うまい受け身の取り方〉を書いたのが「職場の作法」。サラリーマンやOLになってまだ日の浅い若い皆さん、ぜひこれを読んで、改めて自分の職場を見渡してみてください。肩の力が抜けて、結構楽になるんじゃないかと思いますよ。

「バリローチェのフアン・カルロス・モリーナ」は、どこか残念な人の話。これも著者の得意とするところです。スポーツ選手で誰を応援するかは、それこそ人の自由です。たとえそれが微妙な成績のフィギュアスケートの選手だったとしても、誰に文句を言われることがあるでしょうか。

 

この本を読んでみてください係数 85/100


とにかくうちに帰ります

◆津村 記久子
1978年大阪府大阪市生まれ。
大谷大学文学部国際文化学科卒業。

作品 「まともな家の子供はいない」「君は永遠にそいつらより若い」「カソウスキの行方」「ミュージック・ブレス・ユー!!」「アレグリアとは仕事はできない」「ポトスライムの舟」「婚礼、葬礼、その他」他多数

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