『たった、それだけ』(宮下奈都)_書評という名の読書感想文

『たった、それだけ』宮下 奈都 双葉文庫 2017年1月15日第一刷


たった、それだけ (双葉文庫)

逃げ切って」。贈賄の罪が発覚する前に、望月正幸を浮気相手の女性社員が逃す。告発するのは自分だというのに - 。正幸が失踪して、残された妻、ひとり娘、姉にたちまち試練の奔流が押し寄せる。正幸はどういう人間だったのか。私は何ができたか・・・・・・・。それぞれの視点で語られる彼女たちの内省と一歩前に踏み出そうとする “変化”。本屋大賞受賞作家が、人の心が織りなす人生の機微や不確かさを、精緻にすくいあげる。正幸のその後とともに、予想外の展開が待つ連作形式の感動作。(双葉文庫)

この物語は一人の男性、望月正幸に端を発し、望月の愛人や妻、姉などに焦点を当て、さらに、彼を囲む幾人もの人物の人生と共に綴られてゆきます。

それは、望月が贈賄に加担していることが発覚する直前のことでした。とある会社の海外営業部長である望月は、その日、突然に姿を消します。密告したのは望月の愛人・夏目で、彼女は 「告発」 の後、望月に 「逃げて」と言います。

夏目にはそうするだけの、確かな理由があります。

正しいかどうかで言うなら、たぶん、間違っている。でも、あの人は逃げなければならなかった。それだけははっきりしている。もしも逃げずにここに留まったなら、近い将来、身動きが取れなくなって、結局最後には息ができなくなっていっただろう。

それだけじゃない。望月さんを追い詰めるものを断ち切りたかった。望月さんのためだけじゃなく、たぶん、私のために。そしてこれからも生きていく人たちのために。(P31)

第二話では、望月の妻・可南子(32歳)の、第三話では、望月の姉・有希子の “内省”  へと続き、

物語が大きく動き出すのは第四話からだ。第四話の視点人物は小学校の教師。第五話は女子高生。第六話は介護施設で働く青年。それぞれがどう望月と関係しているかは敢えて書かないでおくが、第四話と第五話に登場するのが誰かというのがわかったときには、かなり驚いた。ちょっと予想しなかった流れだったからだ。だが、この二つの話こそが鍵なのである。

小学校の教師は、辛い過去から逃げてきた経験を持つ。そんな彼が、担任クラスの転校生が置かれている状況に心を痛める。また第五話は、閉塞感に喘ぎながらも逃げ出せないでいる女子高生だ。ここまで読んで、私は、物語を貫く声が聞こえた気がした。(P208.209 解説/大矢博子氏)

※読み出したときのイメージが、徐々に別の色へと変化を遂げます。なら最初からそういうつもりで読んだのにと、少々もったいなくも感じます。たったそれだけの 「たった」 とは、果たして何のことなのか。思うに、これは予想外にヒューマンな物語です。

 

この本を読んでみてください係数 85/100


たった、それだけ (双葉文庫)

◆宮下 奈都
1967年福井県生まれ。
上智大学文学部哲学科卒業。

作品 「静かな雨」「スコーレNO.4」「田舎の紳士服店のモデルの妻」「誰かが足りない」「ふたつのしるし」「太陽のパスタ、豆のスープ」「羊と鋼の森」他多数

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