『いかれころ』(三国美千子)_書評という名の読書感想文

『いかれころ』三国 美千子 新潮社 2019年6月25日発行

いかれころ

ほんま私は、いかれころや」 母が河内弁で呟く踏んだり蹴ったり を何度聞いたことだろう。

南大阪のある一族に持ち上がった縁談を軸に、牧歌的な田舎の暮らし、不安定でわがままな母を甘やかす本家の祖父母、学生運動をしていた婿養子の父、精神を病んだ叔母、因襲に縛られた親戚たちの姿などを幼女の視点から鮮やかに描く。新人らしからぬ圧倒的力量を選考委員が絶賛した三島由紀夫賞受賞作にして新潮新人賞ダブル受賞のデビュー作。(新潮社)

まちで生まれた人にはわからない。というか、わかれと言う方が土台無理なのです。

田舎で生まれ、田舎で育ち、田舎以外で暮らしたことがない私のような者からすれば、それはもう “わかる、わからない” というレベルの問題ではなくて、気付くとそれはそこにあり、そのまま肌身に染みついて剥がれなくなってしまうような、脈々と続く因襲の、理不尽にあまるあれやこれやであるわけです。些末な、ごく個人的な事柄であったとしても。

年端もいかない奈々子でさえ、それは十分理解しており、受け入れるべきは受け入れようと彼女なりに努力をしています。彼女は四歳で、歳の割には早熟で、己の立ち位置を自在に換え、馴染んだ風に見せかけて、いずれ家を出ようと考えています。

“マジョリティ” の側から “差別” を描く

斎藤直子

 昨年、「新潮」 十一月号が発売された直後、「部落問題とか障害者差別とか、結婚のときの差別のこととか書いてある小説がのってるで。新潮新人賞やで」 と、人から手渡された。私は被差別部落問題と家族社会学を専門とする社会学者で、特に結婚差別問題の研究をしているので、それは読まねばとすぐに読み始めそのまま最後まで一気に読んでしまった。その間、声に出して 「これすごい! これすごい! 」 と連発していた。(後略)

 本作は、1980年代前半の南河内における地域社会や家族をめぐる物語である。主人公は四歳の少女・奈々子で、彼女の叔母の縁談を中心に物語が展開する。
 地域社会や家族が息苦しい、ここから出たいという人は少なくない。しかし、具体的にその理由を説明するのは案外難しい。この作品は、家族・親戚関係のなかでふいにあらわれる、ささやかだが嫌な気持ちのする会話を何層にも積み重ねて、そこにある 「うっすらした黒い影」 を描いている。小説のなかに、出て行きたいと願ってやまない世界が再構成されていると思った。
 ここにはいられないといいながら、そこに居場所をみつけて留まる者がいる。たった四歳で、すっかりその世界の雰囲気に溶け込み、そこで権力を得る方法を熟知している子どもさえいる。一方、どうしても耐え切れずに出て行く者がいる。主人公の奈々子は、のちにこの世界を飛び出していくほうの子どもであった。「本所のおっちゃんが釣書持って来はったら、なこたん桜のきーになわかけてぶらさがったる」。幼い彼女にとって、その世界から抜け出す方法は自死すること以外になかった。
 奈々子は、日常会話のなかで、大人たちが親戚の誰かを値踏みしたり貶めたりしているのをいつも聞いている。嫌味や否定的評価で相手を不快にさせることができるのは、基本的には力関係の上にある者だ。立場の弱い者は、それに対して一言でも切り返すことができれば上出来である。
 日常会話のなかで繰り返し確認されるその力関係のもと、上から下へと差別の “常識” が伝達される。家や “嫁” という規範から外れた女性、婿養子、精神障害者、被差別部落、社会運動や共産党といったものに対して、否定的評価が当然のように与えられる。
 子どもがそばにいても、大人は平気でそのようなことを言う。大人は子どもには分からないと思っているのだろうか。それともわざと聞かせて、”常識” を教え込もうとしているのか。いずれにせよ、幼い奈々子は大人たちの会話を “理解” していた。(以下略/波 2019年7月号より)

繰り返しになりますが、まちで生まれ育ち、まちで暮らす人には、一生かけてもわからない (おそらくわからないと思います)。同じ日本でありながら、まちと田舎では、日々の生活を送る感覚には天と地ほどの差があります。まちで暮らす人の常識は、ときに田舎の非常識となり、思わぬ “差別” を被ることになります。

この本を読んでみてください係数 85/100

いかれころ

◆三国 美千子
1978年大阪府生まれ。
近畿大学大学院文芸学研究科修了。

作品 2018年 「いかれころ」 で第50回新潮新人賞受賞。2019年同作で第32回三島由紀夫賞を受賞。

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