『受け月』(伊集院静)_書評という名の読書感想文

『受け月』伊集院 静 文春文庫 2023年12月20日 第18刷

追悼 伊集院静  感動の直木賞受賞作 祈りとは、親子の情とは - 永遠の名作短篇集

選考委員も絶賛。短篇の名手が紡いだ七つの奇跡。

人が他人のために祈る時、どうすれば通じるのだろうか・・・・・・・。鉄拳制裁も辞さない老監督は、引退試合を終えた日の明け方、糸のようなその月に向かって両手を合わせていた。表題作ほか、選考委員の激賞を受けた 「切子皿」 など、野球に関わる人びとを通じて人生の機微を描いた連作短篇集。感動の直木賞受賞作。 解説・長部日出雄 (文春文庫)

以前、正岡子規を描いた 『ノボさん小説 正岡子規と夏目漱石』 を読んだとき、子規の死の直後にかけた母の言葉に号泣し、どうにも先が読めなくなりました。幾度となく読み返し、生涯忘れられない一冊になりました。そのとき初めて知りました。伊集院静という人が、こんな小説を書く作家だったのだと。

解説】 失われしものへの挽歌  長部日出雄 (抜粋)

すこぶる味わい深いこの短篇集の核心をなしているのは、おそらく一種の深い喪失感である。

人間が生きていくことは、愛するものをひとつひとつ努力して獲得していく歴史であるが、同時に、自分の力のおよばぬ事情で、愛するものをひとつひとつ喪失していく歴史でもある。

どんなに力を尽くして頑張っても、この喪失を食いとめることはできない。われわれが人生を愛しながら、ときにそれが徒労のように感じられたりするのは、きっとそのせいだろう。

時は流れる。時は失われていく。そして、それとともに愛したものも・・・・・・・。一度失われたものは、現実には二度と帰ってこない。しかし、愛した者の脳裏には、いつまでもとどまって生きつづける。

伊集院静の小説が、読む者の心をとらえて離さないのは、だれにもいずれはひとしく普遍的に訪れる喪失感を核として、そうした人生と愛の背理を描いているからであるのに違いない。(後に各篇の解説が続きます)

※まさか、野球を題材にした作品だとは思いもしませんでした。もちろん野球そのものが語られているのではなく、登場する人物たちの人生に深く関わっているのが “たまたま“ 野球だったということです。

彼らは、望むと望まざるに拘わらず、野球と関わって生きた自分を忘れることができません。総じて不器用で、過去と上手く向き合うことができません。たとえスター選手であったとしても、その栄誉が永遠に続くはずはなく、傍らで支えてくれた人々も、やがては消えてなくなることも - わかっていながら、どうすることもできません。

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◆伊集院 静

1950年山口県防府市生まれ。本名、西山忠来。日本に帰化前の氏名は、趙忠來(チョ・チュンレ)立教大学文学部日本文学科卒業。

作品 「皐月」「乳房」「機関車先生」「ごろごろ」「ノボさん 小説 正岡子規と夏目漱石」「いねむり先生」「親方と神様」「なぎさホテル」他多数

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