『海馬の尻尾』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『海馬の尻尾』荻原 浩 光文社文庫 2020年8月20日初版

海馬の尻尾 (光文社文庫)

二度目の原発事故でどん底に落ちた社会 - 。三年前に懲役を終えたばかりの及川頼也は、若頭にアル中を治せと命じられ、とある大学病院の精神科を訪れる。検査によると、及川の脳には良心がないのだという。医者らを拒絶する及川だが、ウィリアムズ症候群の少女が懐くようになり・・・・・・・。人間の脳は変われるのか。ハードボイルドの筆致で描く、脳科学サスペンス! (光文社文庫)

(文庫で) 600ページを超える力作。著者曰く、「暴力と、どうしようもない主人公」 を書いたのが、この 『海馬の尻尾』 という小説です。

その通りに、話はかなりハードな描写で始まっていきます。やくざがぼったくりバーに現れて、最初は気弱な客のふりをして好き勝手にあしらわれ、それで終わりかと思いきや突然に暴れ出し、割れたボトルを店の用心棒の顔に突き刺して、平気な顔をしています。

そのやくざこそこの物語の主人公である、及川頼也その人でした。彼には罪の意識というものがありません。暴力をふるうこと、徹底的に傷めつけることに快感を感じ、相手の立場を斟酌し、手心を加えるということが一切ありません。

彼には 「恐怖心」 がなく、「良心」 がありません。それらが端から欠如しています。

やくざの及川頼也は、三年前に二度目の刑務所暮らしを終えた。ツトメを終えたら組の中での地位があがる約束だったので一人罪をかぶったのに、出所には誰も迎えに来なかった。地位もあがらない。その時から酒が抜けていない。粗暴で酒乱のため、組でも持て余され、若頭から、アルコール依存症を治すように大学病院行きを命じられる。診断の結果、及川は恐怖の概念が自他にも薄く、良心がないことがわかる。

ちょうど他の組との抗争で刺客から身を隠す必要も生まれたため、及川は、八週間の治療プログラムを受け入れて、山の中の施設に入所する。そこで様々な患者と出会うが、及川は小児病棟に入院している一人の少女と触れ合い、少しずつ変わっていく。

という紹介をすると、やくざの改心の物語と捉えかねないが、話はもっと複雑で奥が深い。(解説より)

この物語の舞台設定は、現代ではなく近未来の日本に置かれています。二年前には二度目の原発事故が起こり、自衛隊は 「自国防衛隊」 と改名されています。原発事故は、実はテロ活動によるものでした。日本全体を恐怖心が覆い、何もかもが沈滞化していく傍らで、恐怖を知らないやくざの及川は、逃れられない窮地に追い込まれていきます。

安心してください。はじめ、やくざを主人公にした暴力小説とみせかけて、実は、段々と、

荻原浩らしい暖かく優しい喜劇的色彩が強まり、さらには活劇にみちたサスペンスへと変貌していく。病院と医師と治療の謎、及川の同室の患者たちの一人一人の秘密、及川を追いかけてくる刺客の意外な素性なども徐々にあらわになってきて、ミステリとしても楽しめる構造である。(同解説より)

※メインはあくまで及川が置かれた状況の変化にあります。原発や自衛隊の話ではありません。

本のボリュームほどにはしんどくありません。それなりに時間はかかりますが、気持ち的にはさくっと読めます。ただ、その後の及川はどうなのか。及川が救った少女、梨帆はどうなったのか。気になることが、結構あとに残ります。

この本を読んでみてください係数 85/100

海馬の尻尾 (光文社文庫)

◆荻原 浩
1956年埼玉県大宮市生まれ。
成城大学経済学部卒業。

作品 「オロロ畑でつかまえて」「明日の記憶」「金魚姫」「誰にも書ける一冊の本」「砂の王国」「噂」「二千七百の夏と冬」「海の見える理髪店」他多数

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