『孤狼の血』(柚月裕子)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/11
『孤狼の血』(柚月裕子), 作家別(や行), 書評(か行), 柚月裕子
『孤狼の血』柚月 裕子 角川文庫 2017年8月25日初版
昭和63年、広島。所轄署の捜査二課に配属された新人の日岡は、ヤクザとの癒着を噂される刑事・大上とコンビを組むことに。飢えた狼のごとく強引に違法捜査を繰り返す大上に戸惑いながらも、日岡は仁義なき極道の男たちに挑んでいく。やがて金融会社社員失踪事件を皮切りに、暴力団同士の抗争が勃発。衝突を食い止めるため、大上が思いも寄らない大胆な秘策を打ち出すが・・・・・・・。正義とは何か。血湧き肉躍る、男たちの闘いがはじまる。(角川文庫)
第69回日本推理作家協会賞受賞作。
舞台となるのは、昭和63年の広島県呉原市。(中略)物語は刑事に成りたての主人公、日岡秀一巡査(25歳)が、呉原東署に赴任するところから幕を開ける。
直属の上司となるのは、二課主任の大上章吾巡査部長(44歳)。暴力団係の捜査員としては抜群の実績を誇り、警察庁長官賞をはじめとする警察表彰の数は県警トップの敏腕刑事だ。だが一方で大上は、行き過ぎた捜査で不名誉な訓戒処分も数多く喰らっていた。組織で浮いた存在の大上は、かねて暴力団との癒着を噂され、県警監察室から目をつけられている、という設定である。(解説より抜粋)
日岡秀一は地元の国立・広島大学を卒業しています。数多ある就職先を反故にして彼が一介の警察官となる道を選んだのはある理由があります。
呉原東署の暴力団係の上司として彼のパートナーとなった大上は札付きの名物刑事。常には昼過ぎに「出勤」し、誰もがそれを咎めません。課長ですら同様で、大上という刑事は、県警内は勿論のこと管内の暴力団組織からも一目も二目も置かれている存在です。
最初日岡は、大上のする違法すれすれの捜査に肝を冷やします。揚げ句「あて馬」にされてチンピラと殴り合いの喧嘩をする羽目にもなるのですが、頃合いをみて止めに入ると約束した大上は一向に姿を見せません。大事に至る間際になって、漸う事が収まります。
日岡は煙草を吸わない。両手を膝の上に揃えて、大上が口火を切るのを待った。と、いきなり頭を叩かれた。「なに、ぼさっとしとるんじゃ! 上が煙草を出したら、すぐ火つけるんが礼儀っちゅうもんじゃろうが! 」
日岡は仰天した。キャバレーのホステスや極道じゃあるまいし、なぜ自分が上司の煙草に火をつけなければいけないのか。納得できないながらも、テーブルにあった店のマッチで煙草に火をつける。大上は煙を深く吸いこみ、食べ終わったナポリタンの皿をどけて椅子にふんぞり返った。(中略)
「ええか、二課のけじめはヤクザと同じよ。平たく言やあ、体育会の上下関係と一緒じゃ。理屈に合わん先輩のしごきや説教にも、黙って耐えんといけん。これにはのう、まっとうな理由があるんで。ヤクザっちゅうもんはよ、日頃から理不尽な世界で生きとる。上がシロじゃ言やあ、クロい鴉もシロよ。そいつら相手に闘うんじゃ。わしらも理不尽な世界に身を置かにゃあ・・・・・・のう、極道の考えもわからんじゃろが」
東署へ来る前の日岡は、交番勤務を1年、機動隊を2年務めています。刑事としては成りたて、二課もはじめてのことです。
配属が決まってからというもの、彼は彼なりに呉原市内の暴力団の組織図や幹部の顔写真付き前歴カードを頭に叩き込もうとしています。それを元にヤクザの情報は徹底的に身につけるつもりでいました。とはいえ、
二課の刑事は果たして、その流儀にまで従わなければいけないのか。日岡は甚だ疑問に思うのですが、口に出しては言えません。大上の言う強引な理屈に反論する余地はなく、仕方なく日岡は自分の考えを呑み込んだのでした。
はてさて、彼のその後をとくとご覧ください。
広島弁ばかりの周囲にあって標準語の日岡が、いつしか、(およそ理不尽に思えた)大上と変わらぬような口をきくようになっています。
※ 黒川博行氏「緻密な構成、卓抜したリアリティ、予期せぬ結末。いやぁ、おもしろい。正統派ハードボイルドに圧倒された」 北上次郎氏「すごい小説があったものだ。読み始めたら途中でやめることは絶対にできない」 その上書いた本人があの「仁義なき戦い」にハマりにハマった(しかも美形の)女性作家だとしたらどうでしょう?
この本を読んでみてください係数 80/100
◆柚月 裕子
1968年岩手県生まれ。
作品 「臨床真理」「検事の本懐」「最後の証人」「検事の死命」「蝶の菜園 - アントガーデン -」「パレードの誤算」「朽ちないサクラ」他多数
関連記事
-
『告白』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文
『告白』湊 かなえ 双葉文庫 2010年4月11日第一刷 「愛美は死にました。しかし、事故ではあり
-
『コクーン』(葉真中顕)_書評という名の読書感想文
『コクーン』葉真中 顕 光文社文庫 2019年4月20日初版 1995年3月20日
-
『彼女が最後に見たものは』(まさきとしか)_書評という名の読書感想文
『彼女が最後に見たものは』まさき としか 小学館文庫 2021年12月12日初版第1刷
-
『金魚姫』(荻原浩)_書評という名の読書感想文
『金魚姫』荻原 浩 角川文庫 2018年6月25日初版 金魚の歴史は、いまを遡ること凡そ千七百年前
-
『ファーストクラッシュ』(山田詠美)_ 私を見て。誰より “私を” 見てほしい。
『ファーストクラッシュ』山田 詠美 文藝春秋 2019年10月30日第1刷 初恋、
-
『金賢姫全告白 いま、女として』(金賢姫)_書評という名の読書感想文
『金賢姫全告白 いま、女として』金 賢姫 文芸春秋 1991年10月1日第一刷 この本を読んで、
-
『ひざまずいて足をお舐め』(山田詠美)_書評という名の読書感想文
『ひざまずいて足をお舐め』山田 詠美 新潮文庫 1991年11月25日発行 SMクラブの女王様が、
-
『鞠子はすてきな役立たず』(山崎ナオコーラ)_書評という名の読書感想文
『鞠子はすてきな役立たず』山崎 ナオコーラ 河出文庫 2021年8月20日初版発行
-
『夜の木の下で』(湯本香樹実)_書評という名の読書感想文
『夜の木の下で』湯本 香樹実 新潮文庫 2017年11月1日発行 話したかったことと、話せなかった
-
『木洩れ日に泳ぐ魚』(恩田陸)_書評という名の読書感想文
『木洩れ日に泳ぐ魚』恩田 陸 文春文庫 2010年11月10日第一刷 舞台は、アパートの一室。別々