『ひざまずいて足をお舐め』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『ひざまずいて足をお舐め』山田 詠美 新潮文庫 1991年11月25日発行


ひざまずいて足をお舐め (新潮文庫)

SMクラブの女王様が、新人賞受賞の注目作家になった! 親友、忍お姉さんが語る主人公・ちかの世界は、ストリップ劇場、黒人に群がる女達、SMクラブの女王様と奴隷たち・・・・と猥雑だけど、なぜか不思議に澄みきっている - 夜の世界をあっけらかんと遊泳しながら作家となったちかの本音と過去の記憶を、恋愛についての様々な真理をちりばめながら綴る著者の虚構的半自叙伝小説。(新潮文庫)

こんなことを、こんなふうに(当たり前のように)して書く人を私は他に知りません。メチャメチャいやらしいことが書いてあるのに、ちっともいやらしいと感じません。それとは別に、違う話を読まされているような感じがします。

物語は終始会話調で推移します。進行役は、忍姉さん。忍姉さんが(著者の)分身かと思いきや、最初脇役のようにして登場するちかこそが若き日の山田詠美を映しています。ちかは、ある時こんなことを言います。

私さあ、もしかしたら、小説を書くようになるだろうってこと、小さい頃から予感してたのかなあって今、時々、思っちゃう。作家とは言わなくても、そういう物を見る目を必要とする仕事につくんじゃないかなあってね。ちゃんと、それを自覚したのは高校の時、その時、私は、いわゆる勉強というものを、すべて止めたんだ。私のこれからの人生を有効に使うためには、こういうこと、しない方がいいんじゃないかなあって漠然と感じたんだ。

二十歳になったちかはSMクラブ〈女王様の館〉で働くことになり、そこで知り合った先輩女王・忍お姉さんと姉妹のようにして暮らすうち、密かに小説を書き溜め、ある文学賞の新人賞を受賞します。

彼女が書いたのは、黒人男性とのラブストーリー。性描写の溢れる衝撃的な作品は言うに及ばず、彼女の、作家らしからぬ(それはみごとなまでに作家たるイメージを損なっています)経歴も併せ、大いに世間の注目を浴びることとなります。

しかし、そのとき多くの人たちは、ちかという女性の本当の姿を知りません。彼女が本当に書こうとしたことに気が付いてるのは、まだわずかばかりの人々です。

この小説の冒頭にある文章を紹介します。私なんかは思うのです。ここだけ読んでも、もう十二分に読んだ甲斐があるのではないかと・・・・・

だいたい男を知らないお嬢さんてわけでもないのにちかときたら私が男の口の中に唾を吐くのを見てトイレに駆け込んでやがる。まったくもう、金をどうしても稼ぎたいから忍お姉さん、仕事を教えてくれって言って来たのはあんたなんだよ。

でも、まあ、仕方がないか。あたしだって、最初、この世界に入った時は、あまりの男の醜態にげえっと来たもんね。だけど、数年やってりゃあ職人と同じ。自分の技術だけが信じられるもんになってくるから、男が涎を流してすり寄って来ようが、目の前で大便をたれ流そうがどうってことない。

私はプロフェッショナルなんだって、誇りすら持ち始めちまうもんなんだ。だから四つん這いになって私を見上げる男をいじらしいとすら思えて来るよ。そんな時、私は男の頼りないおちんちんをハイヒールの踵で思いきり踏みつけて苦痛に歪む男の顔を楽しみながら煙草をふかして平然としたまま言い切ることが出来るよ。

ひざまずいて足をお舐めって、ね。

※この人こんなことを書く一方で、それはそれは傑作な少年少女ものの小説を書いているのをご存じでしょうか?  嘘だと思うなら、試しに『僕は勉強ができない』や『風葬の教室』なんかを読んでみてください。あまりの落差に驚いて、たちまち見る目が変わるに違いありません。

この本を読んでみてください係数  90/100


ひざまずいて足をお舐め (新潮文庫)

◆山田 詠美
1959年東京都板橋区生まれ。
明治大学日本文学科中退。

作品 「僕は勉強ができない」「蝶々の纏足・風葬の教室」「ソウル・ミュージック ラバーズ・オンリー」「ジェントルマン」「ベッドタイムアイズ」「A2Z」「色彩の息子」「学問」「放課後の音符」「風味絶佳」他多数

関連記事

『蛇を踏む』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『蛇を踏む』川上 弘美 文芸春秋 1996年9月1日第一刷 蛇を踏む (文春文庫) ミドリ公園に

記事を読む

『色彩の息子』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『色彩の息子』山田 詠美 集英社文庫 2014年11月25日初版 色彩の息子 (集英社文庫)

記事を読む

『星々の悲しみ』(宮本輝)_書評という名の読書感想文

『星々の悲しみ』宮本 輝 文春文庫 2008年8月10日新装版第一刷 星々の悲しみ (文春文庫

記事を読む

『ほかに誰がいる』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『ほかに誰がいる』朝倉 かすみ 幻冬舎文庫 2011年7月25日5版 ほかに誰がいる (幻冬

記事を読む

『徘徊タクシー』(坂口恭平)_書評という名の読書感想文

『徘徊タクシー』坂口 恭平 新潮文庫 2017年3月1日発行 徘徊タクシー (新潮文庫) 徘

記事を読む

『合理的にあり得ない』(柚月裕子)_書評という名の読書感想文

『合理的にあり得ない』柚月 裕子 講談社文庫 2020年5月15日第1刷 合理的にあり得ない

記事を読む

『パレートの誤算』(柚月裕子)_書評という名の読書感想文

『パレートの誤算』柚月 裕子 祥伝社文庫 2019年4月20日初版 パレートの誤算 (祥伝社

記事を読む

『はんぷくするもの』(日上秀之)_書評という名の読書感想文

『はんぷくするもの』日上 秀之 河出書房新社 2018年11月20日初版 はんぷくするもの

記事を読む

『坊さんのくるぶし/鎌倉三光寺の諸行無常な日常』(成田名璃子)_書評という名の読書感想文

『坊さんのくるぶし/鎌倉三光寺の諸行無常な日常』成田 名璃子 幻冬舎文庫 2019年2月10日初版

記事を読む

『ぼくは悪党になりたい』(笹生陽子)_書評という名の読書感想文

『ぼくは悪党になりたい』笹生 陽子 角川書店 2004年6月30日初版 ぼくは悪党になりたい

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『かか』(宇佐見りん)_書評という名の読書感想文

『かか』宇佐見 りん 河出書房新社 2019年11月30日初版

『希望病棟』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『希望病棟』垣谷 美雨 小学館文庫 2020年11月11日初版

『JR上野駅公園口』(柳美里)_書評という名の読書感想文

『JR上野駅公園口』柳 美里 河出文庫 2017年2月20日初版

『裏アカ』(大石圭)_書評という名の読書感想文

『裏アカ』大石 圭 徳間文庫 2020年5月15日初刷 裏アカ

『鵜頭川村事件』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『鵜頭川村事件』櫛木 理宇 文春文庫 2020年11月10日第1刷

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑